すべてが成長の糧・すべてが遊び
先週の火曜日,自由遊びの時間のことです。
2年生の男の子数名が,雨水をためて利用するポンプから大きなじょうろでせっせと水を運んでいます。何をしているのかなと見ていると,うんていの真ん中当たり(一番高くなったところ)の下に水をまいてどろどろの水たまりを作っているのでした。きっとアスレチックのように落ちたらどろんこになるというスリルを味わいたかったのでしょう。あんまり楽しそうなので,そのままやらせてあげたい気持ちにもなったのですが,他の子が遊ぶことを考えるとそうもいきません。
「下がどろんこの池になってたら,1年生が遊んで落ちたらどうなる か分かる?」
と聞くと,そこにいた全員が,
「分かるよ。どろんこになる。」
と言います。
「じゃあ,こんなふうにするのはいいの?」
「だめ。」
「みんなよく分かってるね。でも,分かっててもやめられなかったら, 分からないのと一緒だね。だめだと分かってたらやらないのが本当 に分かるってことだね。」
私がそう言うと,
「ぼくはやりたくなかった。」
と,一人の子。
「そう。それなら,『ぼくはやらないよ。』『だめだからやめようよ』 って言えたらよかったね。」
そんな会話の後,
「この水たまり,どうしよう?」
と言うと,
「埋めて元に戻す。」
と言います。それじゃあということで,みんなで周りから落ち葉や土を寄せ集めたり,ちりとりで土を運んできたりして,何とか元の状態に近づけました。私も一緒にしたのですが,彼らはその作業をとても楽しそうにしていました。水たまりを作るのも遊びなら,元に埋め戻すのも遊び。たくましいなあと感心してしまいました。ほんのわずかなことですが,今回のことから彼らは多くを学んでくれたのではないかと思っています。


