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成功者列伝 4  撞球狂的英語達人

 Mは元よその県の定時制高校の教諭をしていた。正確には、勤務校が定時制ももっていたので、年によっては定時制を教えていたということである。彼に会ったのは彼が27歳くらいの時、ともに大学院で英語教育学をやっていた。
 入学後すぐ指導教官を決めるために開かれた、「研究テーマを述べる会」で彼は中心的な教授からテーマについて厳しく批判された。
「えらいきついなあ」
「あすこまで言うことないで」
 教室の後ろに座っていた我々は恐怖を感じながら囁きあった。そしてその会が終わると、肩を落としたMを励ますのだった。
 Mは数日後、新しい研究テーマを見つけて勉強をはじめた。しかし、我々同期生には前述した会でMと教授たちとの間で何が議論されていたのか、目の前で起こったことながら、はっきりとはわからないのだった。
 Mはビリヤードに凝っていて、空き時間ができるとビリヤードに行こうと仲間を捜す。誰もが相手にならないでいると、近くの居酒屋の親父を誘い出す。そして夜中まででもビリヤードをするのである。
 一度などは千里で行われたビリヤードの全国大会に連れて行かれた。初めのうちこそ私もその独特の雰囲気を楽しみ、鮮やかな技の数々に目を奪われたが、やがて疲れてくる。Mはというと、見ている間に自分が観察すべきは誰かを決めたようで、その選手を徹底的に見続け、帰ろうとはしない。付き合いきれないので私は先に帰った。翌日Mは目を輝かせて、私の帰ったあとの戦いがいかにすばらしかったかを語るのであった。
 さて、授業がすすむとともに我々は思い知らされることになったのだが、Mの英語力は私を含めた他の院生よりも頭一つ抜けていたのである。外大の英語学科の卒業であったが、複雑な論文を緻密に読む力をいったいどこで身につけたのか、また卒業後あまり優秀でもない生徒を教えながら秀でた語彙力をどうやって維持してきたのか、不思議と言えば不思議であった。そして教授陣は入学試験の結果からそのことを十分に認識しており、それが「研究テーマを語る会」の厳しい指導につながったのであった。
 いろいろ話をしてみると、Mは英語の論文を読むのが楽しいという。私の場合、勉強が好きというよりも恥をかきたくないという思いが強く、予習など恥をかかない程度に仕上がってしまうと満足してしまうのだが、Mの場合は学問をすることはビリヤードをするのと似た楽しさらしい。私のように県から派遣されているという面子のため頑張るのではなく、学問すること自体が楽しいらしいのだ。ここでも私は自分の学問にたいする適性の無さを思い知らされる。同時にこんなヤツに勝てるわけないと思ってしまう。
 2年後、Mの修士論文は高く評価され、アメリカの学術雑誌にまで掲載された。世間はいったん高校に戻ったMを放っておきはしなかった。公立大学の講師から国立大学の助教授になり、現在もエネルギッシュな研究活動を続けている。(田畑保行)