2017年03月24日

満開の桜を咲かそう

P1010972.jpg P1010979.jpg

昨日(3月24日)は修了式でした。事務局前のしだれ桜もつぼみはピンク色に染まっているのですが開花には至っていません。昨年は修了式には咲いていましたので寒さからか、少し遅れているようです。

修了式は特別表彰から始まりました。今年度県大会3位以上の成績の個人、団体に対して理事長から賞状と記念品が贈られます(校長代読)。水泳部(個人)、囲碁将棋部など8個人、団体が表彰されました。続いてトリプルクラウンの表彰です。漢検、英検、数検の3つの2級以上をとった生徒が対象です。今年度は対象者が多く18人もいました。どれもみなあっぱれです。学園の掲げる文武両道の面目躍如といったところです。

私は式辞で生徒全員に今年1年振り返ってみて、「よくがんばった。70点以上」と思う人に手を挙げてもらいました。一人も手が上がりませんでした。おそらく皆の前で手を挙げることは恥ずかしいのでしょう。良く頑張った人はたくさんいると思います。また頑張れなかった人、結果が出なかった生徒も多いと思います。4月からはしっかりと計画、目標を立て1日1日を大切に、確実に送るように言いました。

最後の日ということもあって校長室には何人かの生徒が来ました。その中にはトリプルクラウンの表彰を受けた高1の男子生徒もいました。確かに「私の挑戦」に「トリプルクラウンをとる!」と書かれていました。次は漢検1級を高校生のうちにとると目を輝かせ、将来の夢や希望を話し合いました。

今年の卒業生も来ました。多くは合格の報告でしたが、残念ながら第一志望の夢に敗れた生徒もいました。いつかの校長通信に書いた生徒です。「金融甲子園」の大会に3年生の時まで出場し、最後まで夢を追った生徒でしたが、念願の兵庫県での優勝の夢は果たせませんでした。私立大学に進みます。今夜は「金融甲子園」を主催した銀行が彼の健闘を讃え、特別に食事の会を持ってくれるそうです。彼は誰にもできない経験をつみました。

思いがけない来訪もありました。雲雀丘学園の卒業生で今年4月からサントリーに入社する生徒です。サントリーでどうしても働きたいということで、大学在学中もマーケティングの授業をとり、1年間スコットランドに行って蒸留所を巡りながら、英会話勉強を重ねてきました。4月2日に入社式があるのでその前に母校に来たそうです。

春はもうすぐそこです。桜は冬の寒さがないと咲かないそうです。雲雀丘学園の生徒には満開の桜が咲くと思います。

2017年03月16日

明日、中学卒業式。私の思い出

s2017031601.jpg s2017031602.jpgs2017031603.jpg s2017031604.jpg

「幸せを掴んじゃおう」
   幸せは どこにある
   あの雲の 行くところ
   幸せは 遠いもの
   あの山の その向こう
   そうじゃない そうじゃない
   街角の 工事場に
   横丁の 石垣に
   ポッチリと とまってる

   幸せは どこにある
   宝石の 城の中
   幸せは 遠いもの
   七彩(なないろ)の 虹越えて
   そうじゃない そうじゃない
   母さんの 丸い背に
   あの人の ほっぺたに
   ポッチリと光ってる

私が中学校を卒業したのは昭和41年(1966年)でした。もう51年も前のことです。卒業式を間近かにひかえたある日の授業でした。社会科のH先生が最後の授業に黒板に書かれたのが上記の歌です。白墨(チョーク)で黒板のどの位置に、どんな字で書かれたかも覚えています。この歌「幸せを掴んじゃおう」は東京オリンピック(1964年)の頃からヒットし、金田星雄と小宮恵子が歌いました。

先生は歌詞を特段、説明はしませんでしたが「幸せ」を教えたかったのだと思います。そしてクラスみんなで歌いました。歌ったあと先生は、なぜか書いた歌詞をすぐに消されました。黒板消しから滑り落ちる白墨の粉も、しっかりとまぶたに焼き付いています。本学園中学校の最後の授業は済んでいますが、先生方は卒業する生徒にどんなことを話されたのでしょうか。

期末考査の期間中のことでした。ある生徒が校長室に来ました。「英検準1級」に合格の報告でした。「私の挑戦」には「英検準1級を今年中にとる。やるときめたことをやる。」と書かれていました。立派なものです。実はこの生徒、一時期、大変悩んでいたことがありました。それを乗り越えて見事、難関の検定を通ったことを誉めてやりたいです。明日、中学校の卒業式を迎えますが、この生徒に「トップクラウン」の表彰を渡します。嬉しい限りです。
(2017.3.17)

2017年03月11日

最後まで強気で戦え!

s2017031101.jpg s2017031102.jpg
今日は校庭では半旗が風にたなびいています。6年前の今日、東日本大震災は起こりました。私は東京赤坂の会社で会議中でした。ボードの前で発表していた女子社員が、突然、つまずくようによろめいたかと思うとテーブルにつかまり、座っていた椅子がつつーっと動き、壁にガシャンと当たりました。その様子がまぶたに焼き付いています。そのあとは東北の海岸付近の息をのむ惨状が、次々とテレビに映し出されました。

その日のことをあれこれ思いだしながらも今日は午前、講堂で社会科の中学発表会が行われました。中学1年生と2年生が1年間にわたって勉強してきた「職業人インタビュー」「社会科発表」「探求発表」を行いました。ユニークな発表や意外な研究成果に興味深く聞き入りました。午後は同じく講堂で今春入学の新中学生へのガイダンスがあり、保護者同伴でお越しいただきました。

期末考査が終わって校庭にはクラブ活動やバレー、ドッジボールに興じる生徒が戻ってきました。春は名のみの風の中、躍動する生徒に元気をもらいますが、一方職員室は一昨日から始まった国公立大学の合格発表に悲喜こもごもの、表現しがたい空気が流れています。本学園の生徒はもちろんよく健闘しているのですが、残念な結果を聞かねばならないこともあり、辛いものです。そんなときの先生方の対応は見事なものがあります。私は何もできなくてそっとその場を離れます。

雲雀っ子、最後の最後まであきらめるな。
まだまだチャンスは残っている。
強気で戦え!
(2017.3.11)

2017年03月09日

卒業式、いろんな方に支えられて、教えられて

s20170309%E7%94%A8%E5%8B%99.jpg s20170309%E8%AD%A6%E5%82%99.jpg
卒業式の朝(3月1日)は少しばかり早く登校しました。7時過ぎだったと思いますが、高校棟の前には用務員さんが黙々と、大きな竹ぼうきで掃除をされていました。黙々というよりは元気いっぱいにと言うほうが当たっているかもしれません。本当にちり一つ残さず隅々まで掃き清められます。問えばおそらく、こんな大切な日なので皆さんに気持ちよく過ごしてもらえるように、とお答えになるでしょう。この用務員さんは学校説明会や入学試験日など、大勢がお見えになるときや、また雪の朝などは誰よりも早く来て対応されています。本当に頭が下がります。

本学園の玄関まわりの警備員さんも明るく元気な方が多いです。幼稚園から高校生まですべての生徒に声をかけられています。園児の小さな手と振り合ったり、児童と中腰で話す姿などよく見かけます。数日前ですがたそがれ時、高校生の女子生徒が警備員さんと楽しく話し合っていました。「父親のようなもんですよ」とお話でしたが、さすがにそれは少し厚かましく、好々爺が正しいでしょう(笑)。説明会の時には参加者にアンケートで、学校の印象などをお聞きしますが、毎回必ずと言っていいほど警備員さんのことが書かれています。学園の自慢の一つです。

このような方々に雲雀丘学園は支えられているのです。「いい校風」とお話しいただくことがありますがここにも理由があります。卒業生の皆さんには、こういうところもしっかりと見てほしいと思います。答辞で警備員さんや用務員さんにお世話になったと感謝の心を述べていましたが、これも良かったと思います。

学校は日常の勉強だけで生徒を教えるところではありません。むしろ勉強以外のところで人間性は培われていくものと思います。

2017年03月07日

卒業式を終えて、送辞・答辞

sDSC02568.jpg sDSC02592.jpg sDSC02612.jpg sDSC02636.jpg
卒業式が終わり、高3生はもういないのだなと思うと一抹のさみしさを感じます。卒業式では送辞、答辞とも堂々とした立派なものでした。印象に残ったものとして、両方とも体育大会を挙げていました。今年から団対抗が導入されましたが、大きな思い出となったようです。先輩、後輩が一体となって取り組みました。盛り上がりと同時に規律も取れていました。今年の卒業生が3年の時に体育大会の新しい形ができ、後輩が引き継いでくれることをうれしく思います。

文化祭も大きな思い出です。合唱コンクールは高3生は各クラスが必死に練習して臨んだこと、後輩は先輩の合唱に鳥肌立つほどの感動を覚えたこと、金賞を取るための執念を垣間見たことを話しました。頼もしく思ったことは、送辞も答辞にもありましたが、世界が自国第一主義に陥る危険性に言及したことでした。答辞ではそれに対し、日本の思いやりの心を発揮しよう、助け合いの心を忘れない、その精神を世界に広めるのは私たちだと自らの責任と決意したのはさすがです。

また最後は親孝行についても語りました。「これまで受け取ったもの、この学園で学びえたものを、広く社会に還元することこそ、親孝行だと信じる」と結びました。答辞を読む生徒の目は涙があふれていましたが、私も必死にこらえていました。
s%E5%8C%97%E9%87%8E%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE01.jpg s%E5%8C%97%E9%87%8E%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE02.jpg
記念写真を撮り終えたあと、何人かの保護者の方が校長室にお見えになりました。その中のお一方は、子供が学園でのあることがきっかけで大きく変わったこと、見違えるように生活態度が前向きになり、勉強するようになったとお話しいただきました。今は国公立の前期の結果待ちの状況とのことです。なんとしても合格してほしいと願っています。京都、北野天満宮の梅もピークは過ぎましたが、昨日、雲雀丘学園の生徒の合格祈願を再度してきました。(2017.3.6)

2017年03月03日

卒業式、感謝の手紙を書きました

sDSC02513.jpg sDSC02499.jpg sDSC02451.jpg sIMG_0117.jpg一一昨日(3月1日)、天候にも恵まれ今年の卒業式は無事終了することができました。天候というのは今年の卒業生は3年生の時、ことごとく色々な行事が雨にたたられたり、天気を心配することが多かったからです。学年団の先生はほっと一息です。今年は過去最高の327名の卒業生。「厳粛さと温かさ」をスローガンに式に臨みました。卒業証書の授与は時間がかかりました。雲雀丘学園は一人ひとりに手渡すことを原則にしています。学校によって色々な考え方はありますが、一人ひとりと向き合う学園として、生徒にとっては晴れ舞台、主役を演じるたった一人の瞬間を尊重したいと思います。

今年は卒業式の前に、生徒は保護者への感謝の気持ちを文書にしたため封筒に入れました。そして卒業式の最後に、保護者には開封してもらい中を読んで貰いました。そして生徒全員が保護者に向かって「ありがとうございました」と声を揃え、一礼したのです。雲雀丘学園ならではの光景でした。感動のひと時でした。手紙の内容は本人と保護者にしか分かりません。どんな内容が書かれていたか「親孝行」を何度も言ってきた者にとっては興味のあるところです。

私の式辞は普段から生徒の皆さんに話しをしてきたことをあらためて言いました。建学の精神である「親孝行」を実践していこう。「挑戦」の気持ちを忘れないでほしい、という創立者、鳥井信治郎の心情でした。卒業生が高3の年は、何年か後に振り返っても大きな出来事と言えるものがあったと思います。それはオバマ大統領の広島、安倍首相の真珠湾の相互の慰霊訪問でした。さらに今年になってのトランプ大統領の登場です。これらは卒業生が卒業した年の出来事としてしっかり考え、覚えておいてほしいと思います。

2017年02月28日

明日は高校卒業式

s20170228%E6%A0%A1%E5%BA%AD.jpg s20170228%E6%A0%A1%E5%BA%AD01.jpg

今月も最後の日となりました。月が替わって明日は高校卒業式が挙行されます。今日は記念講堂で明日の予行練習が行われています。今年の卒業式は卒業証書の装丁を変えました。建学の精神も書かれています。「親孝行な人はどんなことでも立派にできる」の建学の精神を卒業証書と一緒にもって、いつまでも大切にしてほしいと思います。また卒業式には「親孝行」を考えたシーンも登場するそうです。私も式辞を気合を入れて述べたいと思います。

卒業式を迎えますが大学入試はまだまだ続きます。卒業生は一刻も気を抜けません。すべてを済ませ気を楽にして、卒業式をやってやりたいなあと思います。

先週も忙しい1週間でした。水曜日(2月22日)にPTA総会が開催され来年度の新役員が決まりました。深井会長ほか、5名の役員の方々が留任されます。今年度は文化祭、体育大会、PTA研修旅行、「RONDO」の発行と、大活躍をしていただきました。「RONDO」はA4サイズに大きくなり、内容も写真を多く取り入れ、楽しく生まれ変わりました。また研修旅行も参加人数が大幅に増加しました。企画がタイムリーで魅力的だったと思います。ご苦労様でした。新役員の方々来季もよろしくお願いします。

同じ日でしたが最後の全校朝礼がありました。開始の前の全員がきちっと集合し、校旗の掲揚を校歌を歌いながら見守り、寒い朝でしたが見事に晴れ渡り、実に気持ちよくスタートできました。こんな充実した気分はありません。わたしは「有終の美」という言葉を使い、残された40日をしっかり仕上げようと激励しました。最後はいつものように「挨拶の徹底」を言いました。挨拶はよくしてくれていると思います。さらに注文を付けるなら「挨拶は自分から、大きな声で」。

2017年02月17日

矢野達郎君のこと

s2017021701.jpg
s2017021702.jpg s2017021703.jpg

今日は比較的暖かい朝になりました。少し小雨がぱらついていましたが始業前の校庭はいくつかの運動部が早朝練習をしていました。芝生やトラックを懸命に走る選手を見ると、ワクワクしますし、元気をもらうことができます。昼休みも多くの生徒がバレーボールなどして遊んでいますがいいことだと思います。大いに体を動かし丈夫な体を作ってほしいと思います。健康な体が社会に出ても極めて重要な要素です。

今日は高校入試、B日程がありました。今年は80名の受験がありました。昨年が40名でしたのでたくさんの受験生となりました。有難いことです。受験生は9時からの試験に真剣な表情で取り組んでいました。今日夕刻の合格発表となります。

さて学園の一角に「矢野達郎記念庭園」があります。この庭園は先ごろ美しく整備され、生徒や学園に来られる方々に見ていただくことになりました。30年余り前に話はさかのぼりますが、当時中学2年に在籍の矢野達郎君は生まれつきの心臓病を背負いながらも順調に育ってきたのですが、中学生になり、決意して手術を受けることにしました。が、結果は思わしくなく、残念ながら帰らぬ人となったのです。

中学時代の達郎君は病気のハンディを物ともしない前向きな生徒でした。周りにハンディを負っていることを見せたくない強い心を持っていました。一方、生徒はそんな達郎君を陰にもなりながら懸命にサポートしようとします。当時の担任の先生はハンディの立ち向かう達郎君と、彼をバックアップした仲間を担任できたことは幸せであったと語っています。

この話を耳にしたのが放送部の部員でした。さっそく当時の状況を手分けして調べました。その頃のクラスメートを訪ね、また先生方や関係者の話を聞けば聞くほど、達郎君のクラスが勇気、思いやりに満ち、いかに熱い友情に結ばれたものかを知ります。驚くことにその友情は今も達郎君を真ん中にして、脈々と生きているのです。放送部員はこのことをみんなに知らせたくてテレビ番組を制作しました。

手元に達郎君のご両親が編集された追悼集、「天に翔け君が望みを」があります。ここには当時の学友が達郎君への思い出を語っています。達郎君と仲間が深いきずなで結ばれ共に成長している姿、その友を失った悲しささみしさがひしひしと伝わってきます。

卒業のシーズンを迎えますが、今の生徒たちがこの庭園の意味するところを知り、友情の大切さを感じ、今後の人生に活かしてほしいと思います。

2017年02月10日

幸い雪は降らず。高校入試、890名が元気に受験

2017.2.10%E9%AB%98%E6%A0%A1%E5%85%A5%E8%A9%A6003.jpg 2017.2.10%E9%AB%98%E6%A0%A1%E5%85%A5%E8%A9%A6001.jpg
2017.2.10%E9%AB%98%E6%A0%A1%E5%85%A5%E8%A9%A6002.jpg

心配していた大雪も降らず、予定通り雲雀丘学園高等学校の入学試験が始まりました。試験開始の1時間ぐらい前から、受験生が次々と登校してきました。友達と一緒に受験に来ているのか、「おはよう!」と声をかけると声を合わせて「おはようございます」と元気に答えてくれました。今年の受験者数は890名(募集人員は100名)、合格ラインが上がるのを心配してか昨年より50名ほど減りました。一方、専願の受験者数は増加しています。いつもながら、みんな入学してほしい顔ばかりですが、そうできないところが辛いところです。
因みに兵庫県では9500人の募集人員に35800人が挑みます(3.75倍)。

P1110612.jpg

先週になりますが高校2年生を対象に模擬選挙が記念講堂で行われました。宝塚市選挙管理委員会のご協力を得て、社会科の社会教育の一環として実施されるものです。昨年から18歳以上の人に選挙権が与えられました。昨年は初年度ということで、あちこちの高校で模擬選挙などの勉強会が開催されましたが、今年はそのようなニュースは聞きません。そんな中、本学園はきちっとやってくれました。若年者ほど投票率は下がってきますが18歳、19歳の投票率は逆に上昇しています。選挙は民主主義の根幹をなすもの、特に若者の1票は国の将来を左右する大切な1票です。選挙の重要性を生徒にはしっかりと話していきたいと思います。

2017.2.10.jpg

一昨日、放課後7限に中学2年生社会科の勉強会がありました。自由参加(私も参加します)、月1回開催、テーマは生徒自身が決めます。今回のテーマは「2020年東京オリンピック」。過去「北方4島について」「トランプ大統領をどう思う」など時宜を得たテーマが取り上げられました。最初、担任の先生は1964年の東京オリンピックに日本国中で歌われた「東京五輪音頭」を生徒に聞かせ、私は当時の熱狂ぶり、それを期にして日本がどのように変わったかを話しました。担任の先生から質問が飛び、生徒は意見を述べます。正反対の意見も出ます。先生や私が想像もしない意見も登場します。実に愉快な時間です。大切なことは間違ってもいいから、(正解などないのだから)引っ込み思案にならないでとにかく意見を述べること、自分と異なる考えを聞くことです。それが成長の源です。

1964年のオリンピックの時、私は中学2年生でした。学校のテレビで「東洋の魔女」を「マラソンのアベベ」を「柔道のヘーシンク」を、手に汗を握りながら見たことを話しました。今私の前の中学2年生は、高校3年生の時にオリンピックを見ます。高度成長期の日本と、成熟期の日本、50年以上の歳月があります。(2017.2.10)

2017年02月04日

天国と地獄の長い箸

2017.2.4.jpg 2017.2.4%E3%81%9D%E3%81%AE2.jpg

むかし、ある男が閻魔大王さまに会いに行き、天国と地獄はどういう世界なのか聞きました。すると閻魔様は男に、天国のようすと、地獄のようすを、それぞれ見せてくれました。まず地獄では、ちょうど食事の時間だったので、人々はながーい箸をもって、大きななべの前に集まっていました。この地獄ではながーい箸で食事をしなければならない決まりなのです。

人々はながーい箸で鍋の中のご馳走をとって食べようとするのですが、あまりながーいので、どうしても自分の口にご馳走がとどきません。それでみんな、何も食べられずにおなかをすかせ、やせこけて、他の人の食べ物を横取りしようとして、けんかばかりしていました。

閻魔様は次に天国を見せてくれました。天国も食事の時間でしたので人々は地獄と同じ、ながーい箸をもって大きな鍋の前に集まっていました。天国でも、ながーい箸で食事をしなければならない決まりなのです。天国の人々は穏やかな顔をして楽しそうにご馳走を食べていました。ながーい箸でおたがいに仲良く、他の人の口に食べ物を渡しながら、ご馳走を分け合っているのです。

こうして地獄にいる人々は、自分のことばかり考えているために、いつまでもけんかをしていてなにも食べられず、天国の人々はお互いを思いやっているので、仲よく暮らせるのだと閻魔様が教えてくれました。

少し長い引用になりました。私はこの話をトランプさんに聞かせたいと思います。「アメリカファースト」、いまやこの言葉は自分だけ良ければ、あとはどうなってもいいということになっています。人類は長い歴史に中で、自国第一主義、保護主義、モンロー主義というものが悲惨な結果をもたらすことを学んできました。対して日本は「和の精神」、お互い様という寛容、助け合いの精神です。安倍首相とトランプ大統領が2月10日に会談をしますが、ぜひこんな話をしてほしいと思います。聞く耳をもたないと思いますが。

雲雀丘学園創立者の鳥井信治郎は「利益三分主義」を唱えました。企業は社会の一員であり、社会とともにある。だから事業で得た利益は会社や株主、社員のために使うだけでなく、3分の1は社会にお返ししようという考え方です。鳥井信治郎は若いころ「小西儀助商店」と言う薬種問屋で奉公をしていました。「小西儀助商店」は彦根の出で、近江商人でした。近江商人には「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」と言う考え方があります。鳥井信治郎はその精神を受け継いだものと思います。

商いは自分も相手も納得できるものであり、更に世間から見ても望ましいものでなくてはならないとするものです。近江商人は江戸の初期には全国をまたにかけ活躍をしますが、近世からこのような考えを持っていたことは誇るべきことです。トランプさんにも少しは勉強してほしいものです。

訪問者数

2006/7/21から