2017年02月17日

矢野達郎君のこと

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今日は比較的暖かい朝になりました。少し小雨がぱらついていましたが始業前の校庭はいくつかの運動部が早朝練習をしていました。芝生やトラックを懸命に走る選手を見ると、ワクワクしますし、元気をもらうことができます。昼休みも多くの生徒がバレーボールなどして遊んでいますがいいことだと思います。大いに体を動かし丈夫な体を作ってほしいと思います。健康な体が社会に出ても極めて重要な要素です。

今日は高校入試、B日程がありました。今年は80名の受験がありました。昨年が40名でしたのでたくさんの受験生となりました。有難いことです。受験生は9時からの試験に真剣な表情で取り組んでいました。今日夕刻の合格発表となります。

さて学園の一角に「矢野達郎記念庭園」があります。この庭園は先ごろ美しく整備され、生徒や学園に来られる方々に見ていただくことになりました。30年余り前に話はさかのぼりますが、当時中学2年に在籍の矢野達郎君は生まれつきの心臓病を背負いながらも順調に育ってきたのですが、中学生になり、決意して手術を受けることにしました。が、結果は思わしくなく、残念ながら帰らぬ人となったのです。

中学時代の達郎君は病気のハンディを物ともしない前向きな生徒でした。周りにハンディを負っていることを見せたくない強い心を持っていました。一方、生徒はそんな達郎君を陰にもなりながら懸命にサポートしようとします。当時の担任の先生はハンディの立ち向かう達郎君と、彼をバックアップした仲間を担任できたことは幸せであったと語っています。

この話を耳にしたのが放送部の部員でした。さっそく当時の状況を手分けして調べました。その頃のクラスメートを訪ね、また先生方や関係者の話を聞けば聞くほど、達郎君のクラスが勇気、思いやりに満ち、いかに熱い友情に結ばれたものかを知ります。驚くことにその友情は今も達郎君を真ん中にして、脈々と生きているのです。放送部員はこのことをみんなに知らせたくてテレビ番組を制作しました。

手元に達郎君のご両親が編集された追悼集、「天に翔け君が望みを」があります。ここには当時の学友が達郎君への思い出を語っています。達郎君と仲間が深いきずなで結ばれ共に成長している姿、その友を失った悲しささみしさがひしひしと伝わってきます。

卒業のシーズンを迎えますが、今の生徒たちがこの庭園の意味するところを知り、友情の大切さを感じ、今後の人生に活かしてほしいと思います。

2017年02月10日

幸い雪は降らず。高校入試、890名が元気に受験

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心配していた大雪も降らず、予定通り雲雀丘学園高等学校の入学試験が始まりました。試験開始の1時間ぐらい前から、受験生が次々と登校してきました。友達と一緒に受験に来ているのか、「おはよう!」と声をかけると声を合わせて「おはようございます」と元気に答えてくれました。今年の受験者数は890名(募集人員は100名)、合格ラインが上がるのを心配してか昨年より50名ほど減りました。一方、専願の受験者数は増加しています。いつもながら、みんな入学してほしい顔ばかりですが、そうできないところが辛いところです。
因みに兵庫県では9500人の募集人員に35800人が挑みます(3.75倍)。

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先週になりますが高校2年生を対象に模擬選挙が記念講堂で行われました。宝塚市選挙管理委員会のご協力を得て、社会科の社会教育の一環として実施されるものです。昨年から18歳以上の人に選挙権が与えられました。昨年は初年度ということで、あちこちの高校で模擬選挙などの勉強会が開催されましたが、今年はそのようなニュースは聞きません。そんな中、本学園はきちっとやってくれました。若年者ほど投票率は下がってきますが18歳、19歳の投票率は逆に上昇しています。選挙は民主主義の根幹をなすもの、特に若者の1票は国の将来を左右する大切な1票です。選挙の重要性を生徒にはしっかりと話していきたいと思います。

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一昨日、放課後7限に中学2年生社会科の勉強会がありました。自由参加(私も参加します)、月1回開催、テーマは生徒自身が決めます。今回のテーマは「2020年東京オリンピック」。過去「北方4島について」「トランプ大統領をどう思う」など時宜を得たテーマが取り上げられました。最初、担任の先生は1964年の東京オリンピックに日本国中で歌われた「東京五輪音頭」を生徒に聞かせ、私は当時の熱狂ぶり、それを期にして日本がどのように変わったかを話しました。担任の先生から質問が飛び、生徒は意見を述べます。正反対の意見も出ます。先生や私が想像もしない意見も登場します。実に愉快な時間です。大切なことは間違ってもいいから、(正解などないのだから)引っ込み思案にならないでとにかく意見を述べること、自分と異なる考えを聞くことです。それが成長の源です。

1964年のオリンピックの時、私は中学2年生でした。学校のテレビで「東洋の魔女」を「マラソンのアベベ」を「柔道のヘーシンク」を、手に汗を握りながら見たことを話しました。今私の前の中学2年生は、高校3年生の時にオリンピックを見ます。高度成長期の日本と、成熟期の日本、50年以上の歳月があります。(2017.2.10)

2017年02月04日

天国と地獄の長い箸

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むかし、ある男が閻魔大王さまに会いに行き、天国と地獄はどういう世界なのか聞きました。すると閻魔様は男に、天国のようすと、地獄のようすを、それぞれ見せてくれました。まず地獄では、ちょうど食事の時間だったので、人々はながーい箸をもって、大きななべの前に集まっていました。この地獄ではながーい箸で食事をしなければならない決まりなのです。

人々はながーい箸で鍋の中のご馳走をとって食べようとするのですが、あまりながーいので、どうしても自分の口にご馳走がとどきません。それでみんな、何も食べられずにおなかをすかせ、やせこけて、他の人の食べ物を横取りしようとして、けんかばかりしていました。

閻魔様は次に天国を見せてくれました。天国も食事の時間でしたので人々は地獄と同じ、ながーい箸をもって大きな鍋の前に集まっていました。天国でも、ながーい箸で食事をしなければならない決まりなのです。天国の人々は穏やかな顔をして楽しそうにご馳走を食べていました。ながーい箸でおたがいに仲良く、他の人の口に食べ物を渡しながら、ご馳走を分け合っているのです。

こうして地獄にいる人々は、自分のことばかり考えているために、いつまでもけんかをしていてなにも食べられず、天国の人々はお互いを思いやっているので、仲よく暮らせるのだと閻魔様が教えてくれました。

少し長い引用になりました。私はこの話をトランプさんに聞かせたいと思います。「アメリカファースト」、いまやこの言葉は自分だけ良ければ、あとはどうなってもいいということになっています。人類は長い歴史に中で、自国第一主義、保護主義、モンロー主義というものが悲惨な結果をもたらすことを学んできました。対して日本は「和の精神」、お互い様という寛容、助け合いの精神です。安倍首相とトランプ大統領が2月10日に会談をしますが、ぜひこんな話をしてほしいと思います。聞く耳をもたないと思いますが。

雲雀丘学園創立者の鳥井信治郎は「利益三分主義」を唱えました。企業は社会の一員であり、社会とともにある。だから事業で得た利益は会社や株主、社員のために使うだけでなく、3分の1は社会にお返ししようという考え方です。鳥井信治郎は若いころ「小西儀助商店」と言う薬種問屋で奉公をしていました。「小西儀助商店」は彦根の出で、近江商人でした。近江商人には「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」と言う考え方があります。鳥井信治郎はその精神を受け継いだものと思います。

商いは自分も相手も納得できるものであり、更に世間から見ても望ましいものでなくてはならないとするものです。近江商人は江戸の初期には全国をまたにかけ活躍をしますが、近世からこのような考えを持っていたことは誇るべきことです。トランプさんにも少しは勉強してほしいものです。

2017年01月27日

寒い日が続きます

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昨日は全国で8割以上の地域で氷点下の冷え込みとなりました。北海道では氷点下30度を下回るところがありました。今朝も校庭は一面の霜に覆われ真っ白で、朝の光に一面がキラキラと輝いていました。こんな中、雲雀丘学園では今年も「寒げいこ」が真っ最中です。朝7時の開始、高3生を除く男子全員が参加、生徒は寒さをものともせず、大きな声を出して、剣道や柔道に汗を流していました。雲雀丘学園では授業でも剣道や柔道を積極的に取り入れていますが、豊かな人間作りやまた日本の良き伝統を体験するためにも大変いい行事だと思います。「寒げいこ」を通して、心と体の両方を鍛えてほしいと思います。

今週の月曜日は今年度最後のPTA中高合同学級委員会が開催されました。来年度の役員候補者の指名委員選出の続きを終えたあと、高3生の学級委員の皆さんから退任にあたってのお話がありました。皆さん、雲雀丘学園に子供を預けて大変良かった、子供の成長とともに自分の楽しい思い出を持つことができたとの感想でした。過分の感謝や評価のお言葉でした。有難いと思うと同時に私たちは一層身を引き締めて、今後の学校教育に当たらねばと思っています。

さて日経新聞に連載中の「琥珀の夢」ですが、昨年の7月の連載開始から半年が経過しますが、主人公の鳥井信治郎(雲雀丘学園の創立者)がいよいよ「向獅子葡萄酒」の商品開発に取りかかる時期にさしかかりました。最初の挑戦です。この商品は発売当初は不評でしたが、いろいろと改良を重ね、やがて「赤玉ポートワイン」として売り出されると大ヒット、壽屋(現サントリー)の屋台を支える看板商品になります。今後の展開が楽しみですが鳥井信治郎の挑戦は、生涯を通し、決して平たんな道のりではありませんでした。苦難の歴史の始まりでもあるのです。

その鳥井信治郎は1879年(明治12年)1月30日に生まれました。来週月曜が誕生日です。(2017.1.26)

2017年01月20日

受験生、これからが本番、最後までやりぬけ!

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1 赤い夕陽が校舎を染めて
ニレの木陰に弾む声
ああ高校3年生
ぼくら 離れ離れになろうとも
クラス仲間はいつまでも

2 泣いた日もある怨んだことも
思いだすだろなつかしく
ああ高校3年生
ぼくら フォークダンスの手をとれば
甘く匂うよ 黒髪が

3 残り少ない日数を胸に
夢がはばたく遠い空
ああ高校3年生
ぼくら 道はそれぞれ別れても
越えて歌おうこの歌を

「高校3年生」というこの歌は東京オリンピックの前年の1963年、リリースされ大ヒットしました。私が中学3年生の時でした。今も団塊の世代を中心に多くの人に歌われています。私も大好きな歌の一つです。作詞は丘灯至夫、作曲は遠藤実で当時高校3年生の舟木一夫が学生服姿で歌いました。卒業間近い高校3年生の純朴な心境を歌ったものです。

半世紀が過ぎ、時代も大きく変遷していますが、今の高校生にはこの歌はどのように思うのでしょうか。3年生の一体いつ頃を歌った歌なのか考えたことがあります。「赤い夕陽」「フォークダンス」から秋から冬にかけて、「残り少ない日数」から2~3月ごろのように思います。そして「離れ離れになろうともクラス仲間はいつまでも」に私にはいまだにじんとくるものがあります、Wikipediaでは、歌詞の学校は東京にある私立松陰高校といわれているとし、作詞の丘灯至夫が同校の秋の文化祭を取材して綴ったと書かれています。

さて過日の「センター試験」の速報値が出ました。当学園の生徒は大いに健闘し、昨年以上の成果をおさめてくれたと推測しています。やがて詳しい結果が出ますが、このデータをもとに受験大学を決めることになります。ただし、データだけで判定できるものではありません。データや採点結果を見て受験生は対応を変えてきます。情勢は変化します。そして何よりも大切なのは、生徒や保護者の受験に対する考え方、取り組む姿勢です。これが大きく作用します。さらに大学の位置づけも以前とは大きく変わり、過去の判断基準だけに頼ることはできません。

センター試験は終わりましたがこれからが本番、今後の取り組み方次第で結果は大きく変わってきます。思うように点が取れなかった生徒もいると思いますが、何ら落胆することはありません。悪い点を取ったことで逆に奮起し、結果を覆した例などたくさんあります。弱気や諦めが敗者を作り、望みを捨てず、最後まで執念を持って戦った人が勝者となります。

学園ではあらゆるデータを駆使し、生きた情報を集め、生徒の一番近くで過ごしてきた先生が衆知を集め受験先を考えます。先生にとっては今が腕の見せ所です。保護者の皆様には、担任の先生や進路指導の先生と十分に話し合っていただき、ご理解をいただきたいと思っています。

センター試験の翌日に高3生は全員が集まりましたが、これから卒業式までは全員が顔を合わすことはありません。孤独な戦いが始まります。壮行会の日に学年主任の南先生が皆に、「私はいつも学校にいるから、心配になったら必ず来るように、みんなが応援しているから気持ちを強く持つように」と激励していました。先生方にとってもしばらくは胃が痛くなるような、気が休まらない日が続きます。

2017年01月15日

中学入試を終えて

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中学入試は昨日のA日程、今日(1月15日)のB日程を無事終了することができました。今日は昨日に続いて寒い日となり、また雪がうっすらと積もるという、受験生にとっては寒波にも注意の受験となりました。早目に熔雪剤の散布や、雪かきの対応をしましたが、それでも滑りやすい状況でした。登校してくる受験生に「滑りやすいから注意して」と声をかけていると、事務長から小声で「滑りやすい、はまずいですよ」と注意され、「足元に気を付けて」にしました。

雲雀丘学園中学校では今年は160名の定員に対し800名の応募がありました。過去最高です。兵庫県全体としては受験者数は減少している中で有難いことです。6年間しっかりと教育し皆様のご期待にお応えしなければなりません。なお合格発表は今日の午後、A日程、明日の午後、B日程を発表します。今朝、未明まで合格判定の苦渋の会議を続けました。合格の通知をできなかった多くの受験生には、せっかく志望していただいたのに申し訳なく思っています。

今日の新聞のコラムにこんなことが書かれていました。「チューリップの球根は夏のうちにつぼみを宿す。そのまま暖かい中で育てても開花はしない。10度以下の低温に3、4か月さらして初めて、つぼみがうずき始める。長い夜を経て、風雪の試練を超えてようやく花は咲く」。受験生のすべての皆さんに立派な花を咲かせてほしいと思います。

一方、同両日に実施されたセンター試験ですが、雲雀丘学園の高3生は3か所の受験会場で受験しました。学年の先生方は手分けして各会場に出張り、生徒の無事受験と激励を行ってくれました。成果を期待したいと思います。高3生は明日登校して、自己採点をし、出願と2次試験に備えます。

2017年01月12日

羽ばたけ雲雀っ子、天高く

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阪急宝塚線の線路沿いの小道を通学の途中に通りますが、線路と小道に挟まった土手に早咲きの水仙がところどころ、群れになって咲いていました。今週は特に厳しい寒さが予想されていますが、確実に春はやってくることを感じます。

昨日(1月11日)は避難訓練を行いました。早いもので、阪神淡路大震災から22年がたちます。阪神大震災の教訓を忘れないようにと、学園では毎年この時期に避難訓練を行います。8時半に警報が鳴り、一旦は机の下に身の安全を確保したあと、退避が始まります。今年は全学年とも大幅に退避の時間が短くなりました。嬉しいことです。

雲雀丘学園も阪神淡路大震災で大事な生徒を一人、失うという大変つらい経験をしました。新聞記事で、震災で奥様とお子様をなくされた男性の話が出ていました。「最近、歴史の教科書に阪神淡路大震災の記述があることを知った。理屈では理解するが、歴史にしてほしくない」というものでした。私も全くその通りだと思います。災害はいつ起こるともわからない。地震の発生は止めることができないが、被害は最小限に食い止めることはできる。一人ひとりが自分のこととしてとらえ、日頃からしっかりと用心、準備、心構えが大切であることを言いました。

そして今日(1月12日)、センター試験の壮行会が記念講堂でありました。教頭先生、進路指導部長、そして担任の先生方から心のこもった示唆に富んだ話がありました。嫁ぐ娘に前夜、聞かせるような愛情いっぱいの話でした。

私はもうこれ以上言うことはありません。昨年同様、心の限り、声の限り、「フレーフレー雲雀!」のエールを送りました。剣道部から寄せられた「制機先」と書かれた臙脂の手拭いを鉢巻きに、そして鳥をデザインした臙脂のネクタイを結びました。
「羽ばたけ雲雀っ子、天高く」

2017年01月10日

始業式、全員で高3生がんばれ!

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始業式の今日(1月10日)、早めに登校すると高校棟の3階はすでに明かりが灯されており、偶然、室内にいる生徒と目が合いました。「おはよう、何組?」と聞くと「3Cです」との答えが返ってきました。「センター試験、がんばれ!」と言うと、「はい!4日後です」との返事、元気な声が何よりです。

始業式が始まるころはまぶしいばかりの太陽の光が射しこんできました。校旗の掲揚と校歌の斉唱から始まります。私は式辞で今年は雲雀丘学園の年だと言いました。酉年。鳥といえば雲雀、そして本学園の理事長のお名前は鳥井先生、大変縁起のいい年です。素晴らしい年にしたいと思います。

世の中はトランプ、トランプの大騒ぎです。酉年は波乱の年とも言われています。アメリカ、中国、ヨーロッパ、そして朝鮮半島と今年は波乱の火種はたくさんあります。生徒には今年は勉強の材料には事欠かない、世界の動き、政治経済にしっかりと関心を持とうと呼びかけました。ご家族でも話し合っていただきたいと思います。

いよいよ今週末はセンター試験です。高3生は最後の調整段階です。体調には十分に注意して風邪などひかないことを願っています。今週末は中学校の入学試験が重なります。在校生には3学期はあっという間に過ぎるので、しっかりと計画を立てること、雲雀丘学園の生徒としての自覚、誇り、責任をもって学校生活を送り、新しい学年を迎えるように言いました。

なお、中学入試の応募が1月8日に締め切られました。応募者数はちょうど800名で昨年より130名の増加です。有難いことだと思っています。受験生は今は小学6年の児童ですが、こちらも元気に受験することを願っています。

始業式は最後に中1から高2の全生徒と高3生が向き合い、後輩たちは力いっぱいの激励の拍手を先輩に送り続けました。在校生の願い、気持ちは必ず高3生のエネルギーとなり、センター試験で存分に持てる力を発揮してくれるものと信じています。

2017年01月06日

人事を尽くして天命を待つ

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今年も羽田空港近く、多摩川の河口を見通せる初日の出スポット、天空橋に出かけました。元旦の朝はさすがに冷えていました。昨年と同じく私一人の出陣です。天空橋に到着すると早速、シジミ汁と枡酒のサービスをいただきました。海外からの到着の飛行機が次々と着陸しています。水平線に少しかかった雲が茜色に変わっていくと、まもなく真っ赤な新年の太陽が顔を出し、歓声とともに一面は橙色に染まりました。

さて今年の干支は酉、雲雀丘学園の年です。また本学園の理事長の名字も鳥井、雲雀丘学園にとって今年は大変縁起のいい年です。明るく元気な年にしたいと思います。経済界では新年の祝賀会などが開かれていますが、出席者の多くが今年の話題となると大半がトランプ次期アメリカ大統領の政策を挙げ、また中国の動向を懸念します。確かに今年はひと波乱あるかもしれません。しかし毎年毎年心配のネタはあるものです。去年も色々なことを心配していました。
大切なことは自分の足元をしっかり見つめ、軸をブラさないこと、むしろ周りを変えていくのだという気迫でのぞみたいと思います。

中央棟の3階の廊下にしつらえた自習スペースでは、朝早くから男子生徒が二人、黙々と勉強をしていました。邪魔してはいけないと思いながらも「高校3年生?」とたずねると「そうです」との答え。「風邪に注意して頑張って」としか言えませんでした。センター試験は1週間後に迫っています。初日の出では雲雀丘学園受験生の健闘だけをしっかりとお祈りしてきました。人事を尽くして天命を待とう。(2017.1.6)

2016年12月29日

世界遺産 富士山

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新幹線車窓から撮影


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