卒業生~母校は母港になる
No.130(44期)通っていて良かった
2026/11/01
こんにちは。小学校46期・中高44期卒業の山田 保と申します。高校を卒業して24年、当時の思い出と近況をお話ししたいと思います。
1996年に中学に入学し、当時の制服ですが、男子はチャックの学ランでした。中学は制帽まであり、登下校の際は帽子を被るという校則があり、面倒だな、と、思った記憶があります。
既に退職された先生もいらっしゃいますが、すべての先生に大変お世話になりました。。
高校では私の一つ下の学年から制服がブレザーに変わり、私たちが最後の学ラン世代になることを当時も寂しく思っていました。
2002年3月に卒業し大学に進学、2006年4月から社会人として国民の三大義務をしっかりと果たしています。
現在は製薬会社で働いていますが、大阪に居を構えていますが、単身赴任で東京生活です。(単身9年目)月に2回は大阪に帰っています。
当時は家業を継ぐと思っていましたが、縁があり現在の会社に20年勤めています。
まさか当時の自分は会社員になるとは微塵も思っていませんでした。
働きながらも現在は雲雀丘学園同窓会「告天子の会」の副事業部長として、OB会の活動をしながら、次男が小81回生でPTAの副会長もさせて頂いています。
告天子の会では年に1回ホームカミングデーというイベントも行い、いろんな世代の先輩や後輩と交流し食事などしています。在校当時は話すことのなかった先輩や後輩とも、大人になれば楽しく話せます。
同級生ともよく飲んだり、旅行したりしています。
昨年は高校の修学旅行で訪れた北海道を同級生8人でもう一度行き、同じ支笏湖で同じ場所で記念写真も撮りました。来年は中学の修学旅行先の九州への旅行を考えています。
社会に出てからも少ないながら卒業生と会う機会があります。私の会社でも知っている限りで後輩が2人在籍しています。
雲雀は高校から幼稚園までで15年の世代が同じ学園敷地に通っています。在籍年数にもよりますが、世代の違う卒業生とお会いしても、何らかの共通の話題が出てきます。これは他の学校では、なかなかないことです。
特に話題に上がるのは先生の話で、雲雀は公立と違い、先生方の転勤がなく、長く勤務される先生方も多くいらっしゃるので、世代が違っても話せるネタがあることが雲雀に通っていて良かった!と大人になって感じます。だからこそ在職中の先生方にも1年でも長く雲雀の教壇に立っていてほしいです。
最後に、お世話になった先生方、改めて有難うございました。
そして、これからも先生方、先輩方、後輩達、雲雀丘学園を盛り上げるために「告天子の会」へのご協力も忘れることなく、よろしくお願い致します!
山田 保(2002年卒業、44期)
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