学校ブログ

校長通信

森信三先生に学ぶ④ 第26号

2026/06/29

学校経営

このブログの記事で「時を守り 場を清め 礼を正す」を取り上げてきました。教育界に大きな影響を森信三先生(1896-1992)と初代理事長鳥井信治郞先生(1879ー1962)、大阪第二師範学校校長を務められた初代校長板倉操平先生の関係をことを書かせていただきます。(板倉先生の教えはまたの機会にいたします)

初代校長の著書によると、初代理事長の鳥井信治郞先生のことが記されています。

入学式や卒業式の理事長の訓話は親孝行の話、朝起きたら親に御早うと、学校から帰ったら「只今」と、夜は「おやすみなさい」と挨拶せよ。「親孝行の出来る人は、人間としても立派になれる」あの講堂入り口の胸像の言葉が、氏の講堂での訓話であった。(『わが心の自叙伝』板倉操平著 43頁)

続けて、
 鳥井信治郞の隠れた善行の今一つは、早く奨学金制度を設け、優秀で学費に困る大学生に、奨学金を与え続け、優秀で学費に困る大学生に、奨学金を与えて居られた。之も氏の名前を出さない奨学金であった。かの有名な雪の研究で名をなした、北海道大学の中谷宇吉郎も大学生の頃、学費の給与を受けた。卒業後金主の鳥井氏であることを知り、其頃は大阪へ来ると、必ず邸宅訪問をかかさなかった。
 神戸大学教授であった森信三も、京大在学中の学資給与を受けた。卒業後その事を知り、晩年理事長病気の際、見舞に参上したいからとの依頼を受け、私が邸宅に案内したが、之が最初であり、最後の面会であったと、しみじみと悦んでいた。(『わが心の自叙伝』板倉操平著 44-45頁)

初代理事長は苦学生に学資給与をしていたことは本人にも伝えず、公にしていませんでした。ご自身のお母様からの教えの「陰徳」という考え方です。雲雀丘学園設立に関わること、ご自身の銅像を作成することも拒まれたそうです。今でこそサントリー社と学園の関係が各所で取り上げられていますが、根底にはこのお考えを継承しています。
今回、板倉初代校長の一文を掲載すべきかも悩みました。しかし、日本の教育界に大きな影響を与えた森信三先生を鳥井信治郞先生がご支援され、ご関係があったことを意識する必要性もあると考えました。
 学園の創立の精神、精神的な支柱である鳥井信治郞先生が、森先生を支援していたこと、その森先生が教育界に大きな影響を与え、師範学校で教鞭をとられ、本校初代校長との関係があったことなど、大きなご縁・つながりを感じます。そこで、先生の教えの1つ「時を守り、場を清め、礼を正す」をもう一度本校の教育の柱に据え直そうと考えました。

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