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偏差値30からの挑戦:僕を支えてくれた人たちへの恩返し<受験体験記>

2026/04/17

大学入試

佛教大・社会福祉学部(一般)

大学受験で合格できた最大の理由は、周りの人の支えがあったからです。

高校3年生の夏まで、両親、先生、友人と周りの人が勉強したほうがいいと言ってくれていたのに、自分が好きな野球だけをして一切勉強真面目に取り組みませんでした。1限から7限まで寝てしまう日さえありました。そんな僕も野球部を引退してようやく大学受験を意識するようになり、志望校を考え始めました。「高校野球の監督として全国優勝する」という将来の夢に向かい、高校教諭が取得でき、甲子園常連校の選手が大勢進学して野球のレベルが高い関西大学を目指しました。でもその時の模試の偏差値が30程しかなく、ここまで勉強してこなかったので、勉強の仕方が全くわかりませんでした。その時担任の米山先生が自分の勉強見てくれると言ってくださり、全教科の勉強方法から教えてもらい、その教科の確認テストまで作っていただきました。そして何回かその確認テスト受け、こんな僕に米山先生は「このまま頑張ったら関西大学に受かるかもしれない。」と言ってくださいました。その時すごく嬉しくて、それまで以上に自習室に篭り勉強に励みました。

しかし、11月に関西大学の学間を初めて解いた時に、志望学部の合格最低点に200点も足りませんでした。絶望しました。そこで改めて自分で関関同立に特化した塾を探し、入塾を親にお願いすると嫌な顔をせず塾に入れてくれました。その時に絶対受かってやると本気で思いました。そこから朝8時から夜の25時まで勉強し、塾への移動中や食事中、トイレなど隙間時間もずっと勉強しました。家に夜中に帰っていたのですが、母は毎日自分が帰ってくるまでリビングで待ってくれ、父も毎日すごく豪華なご飯を作ってくれました。周りの友人も毎日勉強で悩んでいる僕を励まし、鼓舞してくれました。その支えがあり、こんなききつい生活も続けてこれたのだと思います。

その甲斐があり、どんどん点数も伸びていきましたが、12月には関西大学を諦め、志望校を見直しました。新たに目指した佛教大学も、自分の偏差値よりも20程も高く、余裕のあるものではなかったですが、「絶対に諦めない!」と粘りました。合格できた佛教大学は、昨年度の秋に関西大学野球で優勝し、全国でベスト8になった強豪校で、教職の道も広く開けている大学です。周囲の方々の支えがあってこその合格。感謝の気持ちでいっぱいです。この経験を忘れず、将来は自分も誰かの夢を支えられる教師になりたいと考えています。

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