2018年10月10日

「ことばの扉」その7

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[その7]
「それ恕(じょ)か。己の欲せざる所は、人に施すことなかれ。」
(顔淵第十二)

 孔子の弟子・子貢(しこう)が尋ねます。「ただひと言で、一生にわたって行っていくべき言葉がありましょうか?」。すると、孔子は「それ恕か(それは思いやりの心である)」と答えます。そして、「恕とは、自分が人からされて嫌なことを、人にしてはならない、ということなのだ」と続けるのです。このお話のポイントは、「恕は一生かけて行う価値がある」と説いているところです。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

※毎月10日に掲載させていただきます。

2018年09月10日

「ことばの扉」その6

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いつも「ことばの扉」を開いてくださり、ありがとうございます。開始当初から仏教経典のことばが続きましたので、今回から少しおもむきを変えて、『論語』のことばを取り上げることにします。『論語』は、古代中国の古典であり、「四書」(『論語』『大学』『中庸』『孟子』)のひとつです。孔子とその弟子たちの言行が集録されています。この書をまとめたのは、孔子の弟子である有若(ゆうじゃく)や曾参(そうしん)という人たちの弟子だとされています。つまり孔子から見れば孫弟子ですね。少なくとも孔子が亡くなってから30~50年後の編纂です。ただこの書の原形がどのようなものであったのかは、よくわかっていません。漢王朝が儒教を国教にするのは、孔子の時代から400年も後となります。
『論語』の大半は、断片的な短い言葉で綴られています。ですから拾い読み的に親しむことも可能です。
 ではまず今月は次のことばを取り上げましょう。

[その6]
「子曰(い)わく、君子(くんし)は貞(てい)にして諒(りょう)ならず。」
(衛霊公第十五)

「先生がおっしゃった。立派な人は、道理を守り正しいことを実践するが、偏狭ではない」といったところでしょうか。この場合の「諒」とは、自分の見方・考え方を押し通すことです。どんなに立派な意見や行動でも、かたよったりこだわってりしてしまうと、本来の徳が失われてしまうわけです。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

※毎月10日に掲載させていただきます。

2018年08月10日

「ことばの扉」その5

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[その5]
「愚かな人々は分かちあうことをたたえない」
(『ダンマパダ』)

 大きな災害が起きると、多くの人々が「分かちあう」ことの重要性を再確認します。災害時では、自分勝手な行為が事態の悪化をまねきますから。仏教では、古来、フェア(公正)とシェア(分配)を日常生活の基本においてきました。フェア&シェアの姿勢を育てていきましょう。

※『ダンマパダ』…初期仏教経典のひとつ。パーリ語でダンマは「法」、パダは「句」という意味なので、漢訳経典の『法句経』に相当します。1番から423番まで番号がふられた箴言・金言で構成されており、「仏教のバイブル」などと評する人もいます。実は日本では近代になるまであまり知られていなかった経典です。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

※毎月10日に掲載させていただきます。

2018年07月10日

「ことばの扉」その4

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[その4]
「眠れぬ人には夜は長く、疲れた人には一里は遠い」
(『ダンマパダ』)

 これは誰もが経験したことがある事態ですね。実は仏教の体系は、経験則や臨床事例に基づいている部分が大きいのです。いわば、自分自身の身心のメカニズムをよく理解することで、一時的な現象に振り回されないよう生活することを目指すわけです。ですから、「眠れない長い夜を無理になんとかしようとせず、そのまま引き受ける」「遠い一里を、むしろ楽しむ」、そんなことも説きます。このような態度は、生きる技法だと思います。

※『ダンマパダ』…初期仏教経典のひとつ。パーリ語でダンマは「法」、パダは「句」という意味なので、漢訳経典の『法句経』に相当します。1番から423番まで番号がふられた箴言・金言で構成されており、「仏教のバイブル」などと評する人もいます。実は日本では近代になるまであまり知られていなかった経典です。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

※毎月10日に掲載させていただきます。

2018年06月08日

「ことばの扉」その3

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[その3]
「自己は自分の寄る辺である。ゆえに自分をととのえよ」
(『ダンマパダ』)

 仏教では、“行為”と“言葉”と“心の働き”を調えることで、苦悩を解体できると説きます。この三つが、互いに相応し、調和している状態を「三業相応」と言います。仏教が目指す心身の状態です。調った自分でなければ、寄る辺とはなり得ません。また、『ダンマパダ』には、「自分をよくととのえた人こそ、他人をととのえるであろう」とも述べられています。

※『ダンマパダ』…初期仏教経典のひとつ。パーリ語でダンマは「法」、パダは「句」という意味なので、漢訳経典の『法句経』に相当します。1番から423番まで番号がふられた箴言・金言で構成されており、「仏教のバイブル」などと評する人もいます。実は日本では近代になるまであまり知られていなかった経典です。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

※毎月10日に掲載させていただきます。

2018年05月10日

「ことばの扉」その2

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[その2]
「自分のなすべきことを行う人は、人々から愛される」
(『ダンマパダ』)

自分のしたこと、しなかったことをしっかり点検した上で、シンプルに「ただ、今、なすべきことをなす」を目指す。この取り組みを始めると、次第に日常生活の余計なものが削ぎ落ち始めます。結果的に、その姿勢こそが“他者評価”を変化させていくのでしょう。

※『ダンマパダ』…初期仏教経典のひとつ。パーリ語でダンマは「法」、パダは「句」という意味なので、漢訳経典の『法句経』に相当します。1番から423番まで番号がふられた箴言・金言で構成されており、「仏教のバイブル」などと評する人もいます。実は日本では近代になるまであまり知られていなかった経典です。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

※毎月10日に掲載させていただきます。

2018年04月10日

「ことばの扉」その1

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 はじめまして、釈徹宗と申します。大学教員をしております。専門は宗教学です。また、池田市にありますお寺の住職もつとめています。他にも、NPO活動したり、著述活動をしたり、そんな日々を送っている者です。
私は雲雀丘学園の卒業生です。今回から、学園ブログの片隅に「ことばの扉」というミニ・コーナーを担当することとなりました。月に一回程度、仏教経典や聖書や論語などから味わい深い言葉を紹介していきます。

※“ことば”を手がかりに、何かの扉が開く契機にしていただければ幸甚です。
※全文紹介したり、キリのよいところまで取り上げたりしますと、説明が長くなってしまいます。そこで、少々恣意的に切り取っていきます。本当はきちんとご紹介した方がいいのは、よくわかっているのですが…。ご興味があれば、直接原文の方をご覧ください。

[その1]
「ただ自分のしたことと、しなかったことだけを見よ」(『ダンマパダ』※)

私たちは、つい「他者がやったことと、他者がしなかったこと」ばかりを見てしまいます。これでは、自分の人生なのに、いつまでたっても自分自身が主人公になれません。「自分がしたこと」「自分がしなかったこと」を点検することで、アクティビティのバランスがよくなります。

※『ダンマパダ』…初期仏教経典のひとつ。パーリ語でダンマは「法」、パダは「句」という意味なので、漢訳経典の『法句経』に相当します。1番から423番まで番号がふられた箴言・金言で構成されており、「仏教のバイブル」などと評する人もいます。実は日本では近代になるまであまり知られていなかった経典です。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

※毎月10日に掲載させていただきます。