雲雀丘学園ホームページ学園長便り世界へはばたくIT時代を生き抜く親孝行・やってみなはれことばの扉
 

2019年02月08日

「ことばの扉」その11

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「ことばの扉」を読んでくださっている皆さま、あらためて御礼申し上げます。今回からキリスト教の『聖書』を取り上げることにします。

[その11]
「あすのことは思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である」
(「マタイによる福音書」)

 私たちは、いつも先のことを予測し、段取りを立てながら暮らしています。そうしないと生活していけません。しかし、時にその予測や段取りに足元をすくわれてしまいます。
 たとえば、心理療法の世界には「予期不安」という言葉があります。過剰に予測や段取りを気にすると、不安に心身がさいなまれることにもなりますよね。そんな場合は、とにかく今を精一杯生きることに専念してみましょう。同じく「マタイによる福音書」には、「空の鳥をよく見なさい」と出てきます。鳥はあれこれ思い悩まずに、ただ飛んでいます。その姿から教えられることもあると思います。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

※毎月10日に掲載させていただきます。
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2019年01月10日

「ことばの扉」その10

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[その10]
「学べば則ち固ならず。」
(学而第一)

「しっかりと学べば、物事に固執せず、柔軟になるものである」ということです。
 理論武装するための学びって、なんだか頑なですよね。どんどんと鎧を身につけて、次第に動きが固く鈍くなってしまいます。
 よい学びは、私たちの心と身体を柔軟にしてくれます。そして、その柔らかなまなざしで世の中を見れば、さらに知りたいことだらけ、学びたいことばかりだと気づかされます。ついには「今、自分が立っているこの場所が、どれほど豊かであるのか」が見えてきます。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

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2018年12月10日

「ことばの扉」その9

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[その9]
「子曰く、君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず。」
(子路第十三)

 現代語訳しますと、「先生はおっしゃった。立派な人は、周囲との和を保ちながら、けっして付和雷同はしない。器の小さな人は、付和雷同しながら、周囲との和が保てない」ということです。
 なんでも同調するのが「和」じゃないってことですよね。きちんと自らの意見や立場を主張したうえで、仲良く協働することが大切。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

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2018年11月12日

「ことばの扉」その8

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[その8]
「子曰わく、父母の年は、知らざるべからざるなり。一つには則ち以って喜び、一つには則ち以って懼(おそ)る。」
(里仁第四)

「先生がこうおっしゃった。両親の年齢は知っておかねばならない。一つにはそのこと(両親の加齢)を喜び、一つにはそのこと(両親の老い)を気遣うのだ」といった意味になります。
 雲雀丘学園の建学の精神は「孝道」で、昔から「親孝行な人はなんでもできます」というフレーズを大切にしてきました。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

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2018年10月10日

「ことばの扉」その7

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[その7]
「それ恕(じょ)か。己の欲せざる所は、人に施すことなかれ。」
(顔淵第十二)

 孔子の弟子・子貢(しこう)が尋ねます。「ただひと言で、一生にわたって行っていくべき言葉がありましょうか?」。すると、孔子は「それ恕か(それは思いやりの心である)」と答えます。そして、「恕とは、自分が人からされて嫌なことを、人にしてはならない、ということなのだ」と続けるのです。このお話のポイントは、「恕は一生かけて行う価値がある」と説いているところです。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
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2018年09月10日

「ことばの扉」その6

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いつも「ことばの扉」を開いてくださり、ありがとうございます。開始当初から仏教経典のことばが続きましたので、今回から少しおもむきを変えて、『論語』のことばを取り上げることにします。『論語』は、古代中国の古典であり、「四書」(『論語』『大学』『中庸』『孟子』)のひとつです。孔子とその弟子たちの言行が集録されています。この書をまとめたのは、孔子の弟子である有若(ゆうじゃく)や曾参(そうしん)という人たちの弟子だとされています。つまり孔子から見れば孫弟子ですね。少なくとも孔子が亡くなってから30~50年後の編纂です。ただこの書の原形がどのようなものであったのかは、よくわかっていません。漢王朝が儒教を国教にするのは、孔子の時代から400年も後となります。
『論語』の大半は、断片的な短い言葉で綴られています。ですから拾い読み的に親しむことも可能です。
 ではまず今月は次のことばを取り上げましょう。

[その6]
「子曰(い)わく、君子(くんし)は貞(てい)にして諒(りょう)ならず。」
(衛霊公第十五)

「先生がおっしゃった。立派な人は、道理を守り正しいことを実践するが、偏狭ではない」といったところでしょうか。この場合の「諒」とは、自分の見方・考え方を押し通すことです。どんなに立派な意見や行動でも、かたよったりこだわってりしてしまうと、本来の徳が失われてしまうわけです。

(相愛大学教授)
(如来寺住職)
(NPO法人リライフ代表)
(雲雀丘学園評議員 釈 徹宗さん)

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2018年08月10日

「ことばの扉」その5

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[その5]
「愚かな人々は分かちあうことをたたえない」
(『ダンマパダ』)

 大きな災害が起きると、多くの人々が「分かちあう」ことの重要性を再確認します。災害時では、自分勝手な行為が事態の悪化をまねきますから。仏教では、古来、フェア(公正)とシェア(分配)を日常生活の基本においてきました。フェア&シェアの姿勢を育てていきましょう。

※『ダンマパダ』…初期仏教経典のひとつ。パーリ語でダンマは「法」、パダは「句」という意味なので、漢訳経典の『法句経』に相当します。1番から423番まで番号がふられた箴言・金言で構成されており、「仏教のバイブル」などと評する人もいます。実は日本では近代になるまであまり知られていなかった経典です。

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2018年07月10日

「ことばの扉」その4

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[その4]
「眠れぬ人には夜は長く、疲れた人には一里は遠い」
(『ダンマパダ』)

 これは誰もが経験したことがある事態ですね。実は仏教の体系は、経験則や臨床事例に基づいている部分が大きいのです。いわば、自分自身の身心のメカニズムをよく理解することで、一時的な現象に振り回されないよう生活することを目指すわけです。ですから、「眠れない長い夜を無理になんとかしようとせず、そのまま引き受ける」「遠い一里を、むしろ楽しむ」、そんなことも説きます。このような態度は、生きる技法だと思います。

※『ダンマパダ』…初期仏教経典のひとつ。パーリ語でダンマは「法」、パダは「句」という意味なので、漢訳経典の『法句経』に相当します。1番から423番まで番号がふられた箴言・金言で構成されており、「仏教のバイブル」などと評する人もいます。実は日本では近代になるまであまり知られていなかった経典です。

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2018年06月08日

「ことばの扉」その3

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[その3]
「自己は自分の寄る辺である。ゆえに自分をととのえよ」
(『ダンマパダ』)

 仏教では、“行為”と“言葉”と“心の働き”を調えることで、苦悩を解体できると説きます。この三つが、互いに相応し、調和している状態を「三業相応」と言います。仏教が目指す心身の状態です。調った自分でなければ、寄る辺とはなり得ません。また、『ダンマパダ』には、「自分をよくととのえた人こそ、他人をととのえるであろう」とも述べられています。

※『ダンマパダ』…初期仏教経典のひとつ。パーリ語でダンマは「法」、パダは「句」という意味なので、漢訳経典の『法句経』に相当します。1番から423番まで番号がふられた箴言・金言で構成されており、「仏教のバイブル」などと評する人もいます。実は日本では近代になるまであまり知られていなかった経典です。

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2018年05月10日

「ことばの扉」その2

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[その2]
「自分のなすべきことを行う人は、人々から愛される」
(『ダンマパダ』)

自分のしたこと、しなかったことをしっかり点検した上で、シンプルに「ただ、今、なすべきことをなす」を目指す。この取り組みを始めると、次第に日常生活の余計なものが削ぎ落ち始めます。結果的に、その姿勢こそが“他者評価”を変化させていくのでしょう。

※『ダンマパダ』…初期仏教経典のひとつ。パーリ語でダンマは「法」、パダは「句」という意味なので、漢訳経典の『法句経』に相当します。1番から423番まで番号がふられた箴言・金言で構成されており、「仏教のバイブル」などと評する人もいます。実は日本では近代になるまであまり知られていなかった経典です。

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