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2019年02月15日

「教学半」

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 「教学半」は「教員は自分が児童に教えることと、児童を指導することで学ぶことは半々。だから、児童は自分の先生だと思いなさい。」という意味で、私が教員になった1年目に先輩の教員に教えてもらった言葉です。だから、「先生、先生とちやほやされても勘違いするなよ。」と言葉を続けられました。その時、この言葉を書いてもらった紙は今でも大事にしまっています。
 20年以上の教員生活の中で、児童に教えてもらったことは一言では語れないほどたくさんあります。正直、今でも自分が児童に教えてもらった事ほど、児童に返せている自信はありませんが、長い間教員を続けてこられたのは児童の教えとこの言葉のおかげだと思っています。これからも「勘違い」することなく、少しでも児童に返せるように頑張りたいと思います。

(小学校 松本剛志)

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2019年02月01日

「今を大切に、自分を大切に」

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 朝起きて、学校に着き、教室で子どもたちを迎え入れる。授業をして、たくさん笑って、夕方みんなを笑顔で送り出す。それから授業の準備などをして、家に帰る。毎日同じ事の繰り返しのように感じるこの生活を、とある本の中でこのように書かれていました。『今日は昨日の続き、明日は今日の続き』。あたりまえのことですが、この言葉を見たとき、幼いころ母が言っていた言葉を思い出しました。それは「嘘はついてはいけない。なぜなら、一度嘘をつくと、その嘘が嘘だとバレないように別の嘘をつくようになる。そして何が本当だったか自分でも分からなくなり、結局、信頼をなくすだけでなく自分で自分を苦しめることになる。」ということです。繋がりがないように感じる2つですが、明日の自分を大切にするということは、正直に、まっすぐに生きていくことなんだな、とその本を読んだときに感じました。これからも、自分に正直に、明日の自分が今の自分を思い出したとき恥ずかしくならないように過ごして行きたいと思います。
(小学校 中川茉奈)

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2019年01月16日

「還暦に思う」

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 昨年、還暦を迎えこの雲雀丘学園小学校に随分長くお世話になっていることを感慨深く思い、改めて今までのことを振り反ってみました。
 縁あって、大学卒業後すぐに採用していただき、初めての教員生活が始まりました。1年生担任を持たせていただくことになり、まだ、右も左もよくわからず、1年生の担任の大変さを思い知ることになりました。悪戦苦闘して1年が過ぎると、次にやってくる行事や仕事が何なのかということが、少しは予測でき、なんとか周りの先生についていくことができるようになりました。
 やがて、結婚し2度の出産の度に退職し(その頃は産休・育休制度がなかったので・・)子供が少し大きくなると、また、復職させていただき、講師や常勤講師を経て、最後はまた、専任となって、昨年永年勤続表彰10年目をいただきました。
 この間、2人の息子は、家族全員のたっての願い通り、小学校はこちらでお世話になり、親子で通える幸せな何年間かを過ごしました。長く勤めていてもう一つ幸せに思うことがあります。それは、担任して卒業していった人のご子息がまた、受験し再びこの学校に来てくれることです。親子2代で担任させていただくこともまれにあり、これは「長く続けていてよかった。」と思える幸せな瞬間です。この先、何年この学園とともに歩めるかわかりませんが、また、教え子のお子さんと出会えることを楽しみにしています。 
(小学校1年担任 吉田裕子)

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2018年12月14日

素直

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「素直」が内に向かえば誠となり
上に向かえば尊敬になり
下に向かえば愛情になる
外に向かえば喜働となる。
内にとどまれば、やすらぎとなる。

 祖父母の家に掲げられていたこの言葉が目に入った時、大人になるにつれ素直さを失っていることを反省しました。
 最近は、子どもたちの姿を見て、ハッとさせられることが多くあります。
 私のクラスの子どもたちは、何でも素直に表現する子が多くいます。友だち同士の会話を聞いていても、素直に「ありがとう。」「ごめんね。」と伝え合っている姿を見て、とても微笑ましく思います。また、日常の何気のないことも“大発見”し、報告してくれます。
 子どもたちの素直な姿から日々学びつつ、私も素直な心を大切にして過ごしていきたいです。
(小学校教諭 村井 杏侑美)
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2018年12月07日

『師』をもとめる

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 3年生は英語の時間に『クリスマスプレゼントにほしいもの』を考えて,サンタクロースに英文のお手紙を書きました。自己紹介から始まり,一番大切な「ほしいもの」をしっかりと書いて,最後は “Thank You.from ○○”で締めくくります。3年生のほとんどは,サンタクロースの存在を信じています。「ぼくの家には煙突がないんだけど,サンタさんはどこから入ってくるのかなぁ…?」と真剣になやんでいる姿を見ると,微笑ましい気持ちになります。

 そんな可愛い3年生ですが,少しずつ自我が芽生えはじめると,大人,とくにお母さんの言葉に素直に応じなくなります。ときには乱暴な言葉もつかいはじめます。それが心の成長の証だとはいえ,保護者の方の心中は不安でいっぱいになることでしょう。

 ある教育書に,「そういうときは外の指導者に子どもを任せる」ことも一つの手だとありました。ピアノ教室の先生,サッカークラブのコーチなど,外の指導者のアドバイスには子どもは素直に耳を傾けるものです(子どもが熱中しているもの,という前提ですが)。自分の面倒をみてくれるのはお母さんを中心とした家族…という年頃から脱皮をして,子どもは自然に外に『師』を求めるようになるのですね。その師に我が子を任せるぐらいの思い切りが,中学年の子を持つ保護者には必要だということです。

 学校の教師が『師』となる場合も少なくないと思います。歴史好きの子は歴史に詳しい教師に,野球好きな子は野球が得意な教師にと,自分の興味に長けている教師に子どもは自然に寄っていきます。担任を『師』とする子もいれば,隣のクラスの担任に自分と共通する何かを見つけて『師』とすることもありますね。

 教師として子どもに『教』えるだけでなく,子どもの『師』となるよう自分を磨くことも大切…。あらためて,そう感じます。

(小学校 研究部主任 神吉 清視)
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2018年11月30日

小さな偉人

 以前6年生を担任していた時、子どもたちに身長で追い越されることはありませんでした。ただ最近は、卒業の時点ではすでに肩を並べるほどの体格の小学生もも少なくありません。
 自分自身のことを振り返りますと、6年生の1学期で、151cmだったことは記憶しています。父親には山や海に連れて行ってもらったり、キャッチボールしてもらったりしたことを思い出します。子煩悩な人でした。その父は、私が中学生になって二ヶ月後に亡くなりました。なんで?元気だったのに、みなさんに慕われていたのに、という理解できないことが頭の中で繰り返されていた日々だったように思います。
 私が成人してから、兄弟で話す機会があったとき、背の高さの話題になりました。私は、170cmは超えていたのですが、父の身長は155cmだったことに改めて驚きました。生きていて横に立ったら見下ろす差です。しかしながら、私にとっては父への目線は151cmの自分でしかなく数字は超えていても、中身は全く到達していません。いくら社会人になろうが、父親になろうが、父は超えられていない存在なのです。記憶の中では12年あまりの生活しか共にしていなかったのに、人を楽しませ、笑わせたり、教えたりすることが普通の人で、そして偉大なひとでした。
 具体的な言葉をもらった訳ではありませんが、人のために何かしなければ、仕事をしなければ、助けなければという後ろ姿を見てきたような気がします。
 親孝行の学園で教師として働く中で、児童に親孝行は・・・と話しますが、私には経験は全くありません。『親孝行したいときには親はなし』だからでしょうか。でも、生きていなくても、親に感謝したり偉大さを感じたりすることが大切であると感じています。児童に、この身長の話をしたことがあります。うまく伝わったかはわかりませんが、もらった言葉や引き継いだ体や心を正しくつないで、次の世代に伝えていくのも親への孝行になるのではないでしょうか。
 大正最後の15年に生まれた父は、実は昭和元年と同じなんだよ、と言ってました。平成31年生まれの人は、○○元年と同じですね。また、新しい時代の方々へ親孝行が伝わりますように。

(小学校 1年担任)

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2018年11月22日

「子どもの味方でいること」

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 先月,中学高校大学と同じ学校に通った友人の結婚式に出席しました。彼女とは,同じバレー部の仲間として中高6年間苦楽をともにしたので,胸がいっぱいになりました。
披露宴では,新婦から両親に向けて手紙が読まれました。その手紙の中で印象深かった言葉があります。

「親はいつまでも子の味方だから。」

 私も母から同じ言葉をかけてもらったことがあります。何をしても上手くいかず,不安な気持ちで押しつぶされそうになり,母に弱音を吐きました。そのとき母は,「何があろうと,親はいつまでも子の味方。一緒に考えよう。」と言ってくれました。この言葉を聞いて,不安な気持ちが少しずつ安心に変わっていったのを覚えています。
 教育コンサルタントの多田淑恵さんは,長期的に見て良い方向に子どもを導くことこそが,本当の意味で「子どもの味方でいること」なのではないかとおっしゃっています。教師として子どもの話をじっくり聞き,いつでも「子どもの味方」でいたいと思います。

(小学校教諭 安田 裕香)

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2018年11月16日

「自分より下の人間を大事にしなさい」

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 この言葉は,私が小学生のときに祖父が教えてくれました。いつ頃,どこで言われたのかは覚えていませんが,内容は鮮明に覚えています。
 祖父は,よく釣りに連れて行ってくれました。京都の鴨川で川魚を釣りに出かけるのです。生きた虫を針につける方法,魚の口から針を外す方法,最後は魚を逃がすことなど,たくさんのことを教えてくれました。
 「あそこに,魚が通る道が見えるやろ。その上(かみ)の方に浮きを落とすんや。」
 私には,その魚が通る道など全く見えません。よく目を凝らしてもよくわかりません。必死に魚が通りそうなところを探し,祖父が釣り糸を垂らす場所を目で追っていました。また,釣り糸が絡まっても辛抱強く黙ってほどいてくれたことを覚えています。決して怒ることなく,根気強く付き合ってくれました。
 戦争を経験した祖父の人生では,たくさんの苦労があったのだと思います。これからの人生で人を追い抜かしたり,人の上の立場に立ったりするかもしれないけれど,下の人間を大事にしなさい。
 祖父に大事にされた一人として,これまでもそしてこれからも大切にしたい言葉です。
(小学校教諭 井上 政嗣)

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2018年11月09日

「我慢と辛抱」

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 私は小学校の頃から相撲をしていました。
高校の時の顧問の先生によく言われていた言葉が「我慢と辛抱」です。
 我慢も辛抱も,耐えるということは同じです。違うのは,何のために耐えるのかです。
我慢は,現状維持するため。つまり,マイナスなことが起きないためにすることです。我慢していれば,いずれ良いことがあると思えるので,耐えることができます。
 辛抱は,その先にある夢の実現,自己実現,成長のため。つまり,良いことを自分で起こすために耐えます。成長したければ,楽なことばかりではありません。それを自分の手で掴むために,耐える。それが辛抱です。
同じ「耐える」という事実が,「何のために」という意味付け次第で,我慢にもなり,辛抱にもなります。
 学生時代,この話を聞き,今までは我慢だったのだと気づかされました。目標を持つことで我慢は辛抱に変わります。何か目標を持って一日一日を大切に子ども達と向き合っていきたいと思います。

(小学校教諭 田村 翔平)
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2018年11月02日

「命」

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 私の出産時には,数々の苦労がありました。私自身がとても元気だったので,元気な子が産まれてくると,当たり前のように思っていたのでしょう。お腹の中にいるときから,産まれたらこれをさせようなどと,子どもとの生活を楽しみにしていました。しかし,産まれてきた子どもに病気が見つかり,すぐに大きな病院に運ばれ,治療しなければいけなくなりました。危険な手術も経験しました。まだ3㎏もない小さい体に,多くの点滴の管がつながれ,見ているだけで辛い日々。私のできる事といえば,快復することを祈りながら,毎日病院に通う事だけでした。
 入院が4ヶ月程続いた頃,一時退院の許可が下りました。初めてのクリスマスをお家で迎えられると,その日が来るのを待ち焦がれていました。いよいよ一時退院の日,車の中でまた発作が起こり,すぐに病院に逆戻り。さすがに落ち込みました。院内のクリスマス会に呼んでもらった時も,「本来なら自分の家で迎えられただろうに。どうして,自分の子どもが。」という思いを抱え,浮かない顔をしていた私に,看護師さんは,「こうしてクリスマス会に出られるだけでも感謝しないといけないよ。生きているのは当たり前のことではないんだから。」と声をかけてくれました。
 病院には,様々な子どもたちがいました。私の子どものように,治療ができて治る子ばかりではありません。障害が残ってしまう子や,治療ができず命を落としてしまう子もいました。「生きていることは,当たり前のことではない。」私が今でも心に残っている言葉です。私の子どもは,無事に病気も治り,今は元気に学校に通っています。元気で生活していると,いつも通りに過ごせることを,つい普通に感じてしまいます。小さな成長に満足せず,「もっとこうして欲しい。」と多くのことを望んでしまったり,他の人と比べて劣っている面ばかりが目に入ってしまったりします。でも,健康に生きていることは,本当はとてもすごいことなんです。成長できることは,当たり前のことではないんです。命あることに感謝する心を忘れずに,過ごしていきたいと思います。

(小学校教諭 和田 智恵美)
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