メイン

2018年08月31日

「解凍」

20180831-0.jpg
 新しい広報活動,教務システムの導入,アフタースクールの充実など,小学校でもいくつかの大きな改革が進んでいます。
 改革といえば,かつてクルト・レヴィンという社会心理学者が(解凍-変革-再凍結)という三段階モデルを提唱しました。このモデルで大切なのは,最初に「解凍」というステップがあることです。これは変革に関わるすべてのメンバーがこれまで慣れ親しんできたものと訣別する段階です。改革に取りかかる前にまずはみんなが新しいシステム導入の意義を理解し,改革の苦労を乗り越える意思統一をするのです。ある種の改革ではスピード最優先ということもあるでしょう。しかし,性急すぎたためにメンバーが疑問や不満を持ちながら進む改革はいつまでも定着せず,気づけば以前のやり方に戻っているといったことになりがちです。そのために今の自分と別れる段階が必要になるのです。
 私も常に自身を「解凍」しながら進んでいければと思っています。
(小学校入試対策主任・6年主任 岸本 光史)

2018年08月24日

「やってみなはれ精神」と「思いの深さ」

20180824-0.jpg
私の中学生の頃の話です。毎年新学期になると、気分も新たに「さあー 新しい学年が始まった。これから勉強するぞ!」と、意気揚々と近所の本屋さんに主要な教科の参考書や問題集を買いに行きました。しかしながら、買った参考書や問題集が開かれるのは最初の数ページだけ、ほとんど日の目を見ず、ほぼ新品のままの状態でお蔵入りをしていました。恥ずかしながら私にはこの手の話は今も、枚挙にいとまがありません。つい最近も、「これや!」と思い、「どんなに体がかたい人でも、4週間でベターッと開脚できるようになるすごい方法」という本を買いましたが、ぱらぱらっと目を通しただけで、私の体はカチカチのままです。

そんな私だからこそ非常に共感を覚える言葉があります。「思いの種を撒いて、行動を刈り取り、行動の種を撒いて、習慣を刈り取る。習慣の種を撒いて、人格を刈り取り、人格の種を撒いて、人生を刈り取る。」というものです。
思い立って行動したが長続きしなかったという経験は誰にもあると思いますが、その思いを実現する方法はまさに行動の習慣化でしょう。そしてその習慣化への原動力は、間違いなく思いの深さです。

初代理事長の鳥井信治郎は、明治生まれの人ですが、今でいうベンチャースピリットの権化のような人でした。思い立ったらすぐ行動し、数々の事業を手掛けました。特にウイスキー事業への思いが強く、幾多の困難を乗り越え、日本にウイスキー文化を定着させましたが、その成功の裏には、「やってみなはれ」という旺盛なチャレンジ精神に加え、ウイスキー事業を絶対成功させたいとの強烈な思いがあったからでしょう。

また、雲雀丘学園の2代目理事長の佐治敬三(鳥井信治郎の次男)は名経営者としても有名でしたが、その逸話に、新規事業の決裁を取りに来た社員に、あらゆる角度から何度も質問をしたそうです。その質問に自信なく曖昧な答えをした場合は、決裁をしなかったと聞きます。様々な質問を投げ掛けることで、その社員の事業に対する思いの深さを計っていたのでしょう。

将来を担う子どもたちに、不可能を可能に変える二つのキーワード、「やってみなはれ精神」と「思いの深さ」を贈りたいと思います。そして私にも。

中山台幼稚園園長 長岡 伸幸

2018年08月20日

「お墓参り」

20180817-0.jpg
暑い夏に必ず思い出すのは子どもの頃のお墓参りのことです。
私の父は大正10年、六甲山の山々の狭い谷あいの村の農家の三男として生まれました。その生家のお墓は車では通れない山道をどんどんと登って行った先の小高い森の中にありました。途中のお寺で水を汲ませていただき、溢さないようにゆっくりと歩いていくのですが、真上から陽が照りつける下を汗だくだくになって登っていくのでした。脇の水路の流れがわずかに涼しげでした。「ここはお祖父さんお祖母さんのお墓だ。次はお祖父さんの出た家のお墓、次は…」とあちらこちらと回るお参りする順番も決まっていました。最後はお地蔵様に水をかけ、お線香をあげて手を合わせました。山を下りてからは同じ年頃の従弟・従妹たちと園側に腰かけて、井戸で冷やしたスイカや瓜をガツガツと頂くのが楽しみでした。私が生まれるずっとずっと昔から、先祖代々、毎年毎年必ず欠かすことなくやってきたお墓参りです。勉強やクラブ活動が大事なことは百も承知のうえでしたが、「お墓参りは最優先」というのが我が家の決まりとなっていたのです。そして毎年のこの行事について、父はそれはもう大変満足そうなのでした。
今はもう35歳になる息子が私に必ず聞いてきます。「今年は何日にお墓参りに行くの?」彼は九州に住んでいますので「遠いから気持ちだけで良いよ」と答えるのですが、幼稚園・小学校の孫2人とお嫁さんを連れて必ず帰ってきます。こうやって大事なことは継いでいかれるのだなあとしみじみ思う酷暑の夏です。

(雲雀丘学園幼稚園園長 平尾聡)

2018年08月10日

「学問をなさい」

20180810-0.jpg
 五十年程前の、小学生の頃です。いつもと違う先生が来られて、講話をされました。
「不思議に思うこと、もっと知りたいと思うことを追い続けていくと、それが学問につながります。ごまかして○をもらっても、自分の知りたいという心は満足できません。だから正直になります。思いもよらないことを発見した人がいたということを知ると、尊敬の念がわきます。自分は何も知らないということに気づくと、謙虚になります。だから、学問をなさい。」何年も経って、折に触れて、これは先生のおっしゃったことと同じだと思いあたる場面が何度もありました。上の言葉も、そのたびに記憶が書き換えられて、正確ではないかも知れません。それでも、反芻するうちに育つ「種」のようなものが先生のお話の中にはありました。遠い記憶の中の、西日のあたる教室で小学生を相手に静かに学問を語る先生。1960年代後半のお話です。

(中学校・高等学校 教頭 深川久)

2018年08月03日

教師のその一言

20180803-0.jpg
 教師になって12年目の頃でしょうか、卒業生である教育実習生に「どうして教師になろうと思ったの?」と何気なく尋ねたことがあります。正直なところ在学時にはそんなに勉強が得意でなかったし、少し派手な感じの生徒でした。答えは「中井先生が地理の発表の時にすごく上手。教師にむいているかもと言ってくれたからです。」と明るく答えてくれました。顔から火が出る思いでした。全く覚えていませんでした。確かに性格は明るく、話し方や間のとり方などみんなを引きつけていました。実習中も自信を持って失敗をおそれず取り組んでいました。彼女はその後公立中学校の美術の先生に採用されました。

20180803-6.jpg この一言はいい一言だったかも知れません。一言が大事ではなくて、この時の生徒との関係性、眼差しが重要なのだと思います。教師の一言は大きな力を持っており、しっかりと生徒に向き合って行かなければならないことを改めて気づかせてくれました。私たちは日々生徒に教えているようでも、生徒たちからたくさん教えてもらっています。

(中学校・高等学校 校長 中井啓之)