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2019年12月05日

「朗報続く雲雀丘」

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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今朝(12/4)は北海道や東北地方は猛吹雪で冬の訪れが突然来たようです。宝塚もいつもよりはずっと寒さは増しましたが児童は元気に登校しいつものように明るい笑顔で挨拶。中高は後期試験のさなか、真剣な顔で、中には参考書を片手に歩く生徒も数多くいました。高3にとってはいよいよ来月はセンター試験、どうぞ風邪などひかぬよう体調には十分に注意してほしいと思います。
20191205-1.jpg久しぶりに中高の校庭に行きましたが、銀杏の2本の巨木はすっかり色づいて、足元にはすでに落ち葉が敷かれています。毎年この時期この銀杏を見ると堂々と学園をも守ってくれているようでうれしく思います



そんな中、今日は囲碁・将棋部の佐藤君と顧問の柘植先生が先月、京都で開催された近畿高等学校総合文化祭京都大会の報告に来てくれました。佐藤君は兵庫県チームの主将として出場し見事、優勝の栄冠を獲得しました。5回戦を戦いましたが負けなしの25勝、ダントツの優勝でした。1チーム5人で戦いますが佐藤君を除く残りの4名は全て灘高生、試合前には相手チームの分析や戦い方などをチームメイトと話し合いますが佐藤君はみんなをリードし、兵庫チームを圧倒的勝利に導いたそうです。

また高校女子テニス部からも朗報が届いています。女子テニスというと中学が話題になりがちですが、兵庫県大会新人戦で3位入賞を果たし、これは過去タイ記録、十数年ぶりの快挙です。また兵庫県私学大会でも3位となりドリーム枠で近畿大会に出場します。これからは高校も栄光の歴史を刻んでほしいと思います。

また先月になりますが中学女子テニス部と野村教頭がそれぞれマロニエ賞を受賞しました。マロニエ賞は兵庫私学の名声を高めた生徒及び教職員を表彰するものです。学園では5年前のマンドリン部と顧問の高木先生の受賞に続き2度目、栄誉ある受賞となります。中学女子テニス部は平成27年度から令和元年度まで兵庫県で5年連続優勝し、平成30年には全国大会で3位になるなど全国でもトップクラスのテニス部としての実力を誇っています。

令和になって初めての年は学園にとってうれしいニュースで年の瀬を迎えられそうです。頑張れ!雲雀丘学園。高3はセンター試験を控え、今が一番大変なとき、自分を信じて、明日を信じて、焦らず慌てず着実に歩んでほしいと思います。

(2019.12.4)

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2019年12月03日

「師走、二つの催事」

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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今年も師走に入りました。月日の経つのは本当に速いものです。昨日(12月1日)は師走を告げるにふさわしい二つの催事がありました。中山台幼稚園の「クリスマス音楽会」と「サントリー1万人の第九」です。

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壇上に90の灯り                     歓びの歌の合奏

さて「クリスマス音楽会」は学園講堂に一杯のお客様をお迎えして開催されました。いつものように年長さんのキャンドルサービスから始まります。園児たちは真っ暗な講堂をキャンドルをささげ順にしっかりとした足取りで壇上に上がっていきます。涙腺の緩い私などはもうこの時から涙がにじんできます。暗闇の中、壇上に90個の温かい灯がきれいに並ぶと、音楽会は始まります。年中さんも年少さんも見事日頃の厳しい練習の成果を出し切りました。そしてお客様から大きな拍手が寄せられました。ご両親もお喜びになったと思います。

最後のあいさつで長岡園長は「もしクリスマス音楽会のコンクールがあれば間違いなく、うちの園児たちは金賞を獲れる」と園児たちと先生方を称賛し、本庄保育主任も「子供たちと一緒に成長できた。この職業につけたことに感謝したい」と涙を抑えながら語りました。

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合唱を待つ児童                    大阪城ホール

毎年恒例の「サントリー1万人の第九」は大阪城ホールで開催されました。因みにこの日は大阪マラソンと重なって会場付近は大勢の人でごった返していました。今年の第九は何といっても学園小学校の35名の児童たちが出場したことです。児童は夏の終わりごろから12回の猛特訓を積んで、本番に臨みました。そして大阪城ホールの最前列で、指揮者の佐渡裕氏を目の前に見ながら堂々と歌い切りました。昨日(12月1日)は朝早くから当日の練習や待機で大変だったと思います。それでも学園の児童たちは最後まで笑顔いっぱい、元気いっぱい、姿勢も立派でした。

今年の「第九」は37回目を数えますが、令和になって初めての開催ということもありオープニングは東儀秀樹氏とお子様の雅楽の舞から始まり、そのあとお二人の篳篥、ギターの演奏と続きました。お聞きすると、お子様はなんと12歳、人前での演奏は今日が初めてとのこと。12歳の迫力あるギターに驚くとともに、佐渡裕氏の「令和の今年は各界で若い人が大活躍した。これからは若い人の時代」、に大賛成。雲雀っこも遠慮しないでガンガンぶつかっていってほしいと願った次第です。

(2019.12.2)

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2019年11月29日

「雲雀っ子、インドに羽ばたけ!」

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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先週、私はインドニューデリーにあるセントコロンバス高校とデリー工科大学(以前のデリー大学工学部)を訪問しました。実は学園中高の英語の短期講座に、教師として来ていた東京大学の大学院生がインド人でこの学校の出身ということで、紹介を受けたことによります。またニューデリーにはサントリー(ビームサントリー社)のインド支店があり、ここでインドのマーケットや教育事情を知るためでもありました。

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コロンバス校、左から2人目が校長先生      デリー工科大学 右から2人目がJP教授

両校とも雲雀丘学園の訪問を歓迎していただき、大いに関心を寄せていただきました。私の目的は当学園との交流を深めようとのことでしたが、デリー工科大学ではJP教授が特に積極的で一週間のプログラムを組むので高校生の皆さんにぜひお越しください、とのことでした。教授はソーラーシステムの世界的権威でフランスやシンガポールで生徒を指導しており、日本にも山梨県北斗市に来ています。同大学は機械、生産、産業部門、特に自動車工学ではインドでも有名で数々の研究成果があります。

一方、コロンバス校は大変きれいな学校でした。インドでもトップクラスの学校で、ここは校長先生が超積極的、少人数の相互訪問からすぐに交流を始めようと期待されていました。校長からは私が会ったその日にメールが届き、双方で実務担当者を決め、クリアしなければならない課題を一つひとつ解決して実現しよう、と書かれていました。

私はインドは日本にとって今後世界で一番重要な国になってくると思います。日本とは基本的な価値観も共有でき、経済的にも政治的にも極めて重要なパートナーになります。そして何よりもこれからの国です。国全体が若々しいのです。ジムビーム社では日本、アメリカ、中国、そしてインドを最重要戦略国と位置付けています。驚いたのは世界で最もウイスキーが飲まれるのがインドで1年間で何と2億ケースが売れるそうです。

「インドに羽ばたけ、雲雀っ子!」  羽ばたけるように、また活躍できるようにサポートするのが雲雀丘学園の役目ではと思いを巡らせつつ帰国の途に就きました。

(2019.11.29)

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2019年10月23日

「オリジナリティ」と「ダイバーシティ」

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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「オリジナリティ」と「ダイバーシティ」。 過日(10月17日)、サントリーの人事課長が、生徒に一番伝えたいメッセージはこれでした。
今、社会で求められている人間像は何だろう?学校で生徒に教えていることと社会の求めていることにズレはないのか?この疑問に答えるため雲雀丘学園中高では現役の人事部課長を招いて話を伺いました。先生方の出席は50名余り、半数以上が参加しました。

20191023-1jpg「オリジナリティ」は、自分の軸を磨き続けること。「ダイバーシティ」は受容性を響創につなげること、とのことです。グラグラしない、一本筋の通った、それも独創的な軸を持ちそれを常に磨き続けることが大事だ。物まねやクルクル考えが変わるようでは社会や世界からの信頼は得ることができません。「ダイバーシティ」は、特にこれからの時代は人種や地域を越えていろいろな人と仕事やお付き合いをしなければなりません。異なる意見や考え方を相互に認め尊重しながら新しいものを「響創」しなければならないのです。

ラグビーワールドカップは残念ながら4強にはなりませんでしたが見事決勝トーナメントに進出し多くの人々に感動を届けてくれました。ベスト8には7か国の選手が力を結集してくれました。心を一つに「君が代」をしっかりと覚え、また「さざれ石」まで見に行ったと言います。大きな声で歌ってくれました。これがダイバーシティなのです。

今回のセッションでは先生方の性格を分析するワークショップもありました。自分の成長を小学校時代、中高の時代、大学の時代と3期間に分け、それぞれの時代で自分が好きであったこと(行動で表現)を20以上書き出し、それを行動ごとに「think」「communication」「leadership」の3項目に分類しようとするものです。どの項目がいいということはありませんが自分や周りの人の性格を知っておくことは大切なことだと思います。余談ですが中高の両教頭はそれぞれ行動すべてが「think」のみ、「communication」のみ、の分析結果でした。極めてバランスの取れた人事配置ではあります。これもダイバーシティです。

(2019.10.23)

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2019年10月17日

「ど根性桜と夾竹桃」

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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台風19号で亡くなられた方が日に日に増えていき、昨日までで70名を超えてしまいました。改めて今回の台風の凄まじさを実感しています。また今朝(10/16)は寒い朝となりました。東北で被災された方々には特に冬の寒さも加わり厳しい環境にたえておられることと思います。心からお見舞いを申し上げるとともに、どうぞ健康には十分にご留意されますようお祈り申し上げます。

20191017-4jpg今日は学園の樹木の管理でお世話になっている造園業の方、ビオトープ造成で指導をいただいている先生と3人で学園に植わっている木を半日かけて見て回りました。学園のところどころに金木犀の甘美な香りが漂い最高気分の探索となりました。目的は学園の木々にネームプレートを付けるための準備です。普段目には止めていても、なかなか名前は知らないものが実に多いのです。名前を知ることで木への愛着がわき、また話題も豊富になります。

雲雀丘学園では単に名前や一般情報だけでなく、学園独自の情報も加えてネームプレートに記載することにしました。そのため上記のお二人に木々を見てもらったわけです。プレートの設置の木は175本。来春に向けて順次設置していきます。

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学園の木々を観察していましたら二つの発見をしました。一つは中高体育館隣の谷川べりに夏の花夾竹桃が一輪、ひとり隠れるように咲いていました。もう一つは南門の警備員さんのボックス隣の「ど根性桜」です。直径20㎝ほどの老桜ですが根元から1mぐらいの幹が3分の2ほど朽ちているのです。それでも倒れず春には立派に花を咲かせます。造園業の方は「朽ちているから桜は子孫を残そうと逆に一生懸命花を咲かすのです」と。少子化で悩む国にこの桜を見せてあげたいものです。

もう一つ。陸上部の選手数名が校庭や構内を元気に走っていました。試験期間中クラブ活動はできるのかと尋ねると、試験が終わるとすぐに駅伝の大会があり学校の了解を取り、練習しているとのこと。1時間の制限付きだそうですが、私にはこの日の青空と同じ爽やかさを感じました。

(2019.10.16)

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2019年10月07日

「私の挑戦、探究ゼミで開講」

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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肌寒い朝となりました。道行く人も半そではほとんどなく、薄手のセーターを着ておられる方もいらっしゃいました。いつもの朝の挨拶に立つと成地校長から「カメムシがいっぱい落ちています」と掃除をしながら話しかけられました。確かに一面臭気が漂っています。掃除をしてもどうやら木々の枝葉から次々と落ちてくるようです。今日は賑やかになるぞと思っていると案の定、登校してくる児童はあちこちで「くさい臭い」とにぎやかな声、手のひらのカメムシを元気に見せてくれました。

あとで先生にお聞きすると、次のようなお話をしていただきました。
カメムシの仲間は日本に1300種類以上いて、そのほとんどは臭くありません。くさいにおいは足の付け根から(幼虫は背中から)出る「カメムシ酸」と呼ばれる液体が原因です。自分の身が危険にさらされると相手に向けて発射します。また、同じ種類のカメムシ同士が情報を伝達し合うためのフェロモンとしての役割も果たします。
繁殖や、冬を越えるための準備などのために集まったり、敵におそわれて強いにおいを出したときには周りのカメムシがそれに反応して逃げたりするための信号としても使われます。
一方で、小さな入れ物の中にカメムシを入れて、驚かし臭いにおいを出させると、その自分が出したにおいのくささのあまり、気絶したり、死んでしまうこともあり、カメムシも命がけです。

さて先週の土曜ですが私は中高の生徒に「Hibari 探究ゼミ」で少しお話をさせていただきました。これは中高の先生方が「授業」「学年」の枠を超え、専門的なテーマをゼミ形式で生徒とともに学んでいこうとするものです。私も講座を開講させていただきました。私自身の挑戦です。

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            ゼミの様子
講座名は「経営実践学入門“学園初代理事長、サントリー創業者鳥井信治郎を語る”」といかめしいですが、できる限りわかりやすく、1回目は「親孝行と命のバトンタッチ」をテーマに話しました。
今、君たちが、ここに存在するのは無量の命のバトンを受け継いだ奇跡の存在。君たちには、祖先への感謝と未来に対して責任がある。直接バトンを受けたご両親に対する絆が親孝行。建学の精神である信治郎の親孝行は、お母さんの「陰徳」の教えが色濃く出ている。これは今もサントリーに受け継がれている、と話しました。生徒たちはどのように受け取ってくれたでしょうか。

2回目は「売上2兆7千億円のサントリーはどうして誕生したか」としその歴史と企業風土を語ります。
話が単に知識の伝達にならないよう生徒自身が考え、話し合い、想像し、心に「やってみなはれ!」の炎をともせるようなゼミになればと願っています。

(2019.10.7)
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2019年09月27日

「彼岸明け」

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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彼岸を昨日終えた今朝(9/27)は少し蒸し暑く感じました。正門で警備員さんが空を見上げながら「今日は午後3時から雨が降りますよ」と話してくれました。この方の天気予報は実によく当たります。雲雀丘学園の警備員さんの子供たちへの接し方は日本一だと思っていますが天気予報もNHKよりよく当たると思っています。

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朝の登校では小学校の児童会の役員が挨拶に立ってくれました。聞くと今日が最後の立ち番だそうです。半年間本当によく頑張ってくれました。思わず私と校長先生は最後の日の記念写真を撮らせていただきました。君たちは登校してくる生徒や児童に一番大きな声で「おはようございます!」の声を掛けました。あっぱれ!

この他にも自ら登校挨拶を買って出て元気に専用通路に立つ5年生の児童もいます。また昨年来、正門からの通路を掃除してくれる児童も元気いっぱい。協力して掃除をする児童の数も増えました。こうして雲雀の朝はあいさつの元気な声と笑顔が飛び交い、私も元気をいただいて職場に戻ることができます。

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            (地鎮祭)                  (小学校南館完成予想図)

昨日は「小学校南館」建設の地鎮祭が催されました。これは創立70周年記念事業の一環として、同窓会の建物を取り壊して跡地に建設されるもので、この建物には同窓会の他、プログラミング教室、学童保育のTKCも移転します。来年2月に竣工予定、日当たりもよく、新しい教室で一生懸命勉強していただきたいと思います。

明日(9/28)はいよいよラグビーワールドカップの対アイルランド戦です。開幕戦3トライの松島選手も先発出場が発表されました。松島選手はサントリーの所属です。このほかにも流選手、中村選手、いづれもサントリー所属で先発出場です。中高の先生からこの話をぜひ知らせてくださいとの要望をいただいたので書かせていただきました。

(2019.9.27)

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2019年09月24日

「試されているなあ」

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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「暑さ寒さも彼岸まで」。厳しい残暑もようやく峠をこしました。しばらくはこの心地よい季節が続くことを願いたいと思います。そんななか大森先生から、往復書簡のお礼の手紙がありました。
原文のまま掲載させていただきます。

常務理事
学園長
  岡村美孝様
 今回までの何通もの書簡、大変お世話になりました。
常務理事に、うまくつないでいただいたり、素晴らしい小見出しをつけていただき、本当にありがとうございました。
私のつまらない文に、長々とお付き合いいただき、誠に恐縮しています。
季節の変わり目ですので、お体をご自愛の上、学園のますますのご発展をお祈り申し上げます。
 
日々生じる様々な難題に、試されているなあって思いながら、どれだけのことができるかわかりませんが、腐らず、適当に楽しみながらやっています。
いずれの学校の先生も生徒も、皆、よくなりたいと思っている人たちばかりだと思いました。ただ、早くよい結果を出したいと思って、一番大事にしなければならない凡事や思いやりが欠けて、つまらぬことで諍い、妬み、不平不満を言って、せっかくの幸運になるチャンスを逃しているように思いました。
 今は、生徒もですが、東洋大姫路の先生をハゲましています。益々、薄くなってきたように思います。                       大森茂樹


頂いた手紙で心を打たれたのは「試されているなあ」でした。生きていく毎日はいいことばかりでありません。いやなこと、うまくいかないこと、厳しいことがたくさんあります。その時にどう対応するかでその人の真価が問われます。本性が出てきます。私などは瞬間湯沸かし器ですぐにカーッとなります。反省しきりです。あらためて「試されているなあ」を胸に刻みました。

そして、周りの方をしっかりとハゲましてください。私が校長をしていた時でした。学校説明会の時、私は壇上から「学園には皆さんを大いにハゲます有名な大森教頭先生がいらっしゃいます」と紹介したところ、あとの保護者アンケートに「冗談とはいえ身体的なことを話すのは如何か」と。その通りなのですが、この件、事前に大森先生と合意・了解・賛同の上、実行したことはご理解いただきたいと思います。

ブログの締めにお許しいただき、つまらない句をご紹介します。
「世の中は澄むと濁るの違いにてハケに毛があり、ハゲに毛がなし」。

(2019.9.24)

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2019年09月19日

「改革・挑戦は避けられず」

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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「大森先生との往復書簡」は前回の学園長便りで一応終了しました。いかがだったでしょうか。自分のブログでこんなことをやってみたい、いわば私の挑戦でしたので終わって安堵しています。大森先生にはご多用なときにいろいろご注文を付けました。気持ちよく対応していただき心からお礼申し上げます。

私の友人ですが、往復書簡を読んで改めて孫の教育について息子と話し合ったとのことでした。長い書簡を丁寧に読みこみ、真剣に意見を述べてくれたのには驚きと感謝です。

読者にはいろいろご意見、ご異見もあろうと思います。どうぞ遠慮なくお聞かせ願えればありがたいと思います。

いつも同じようなことを言って恐縮ですが、世の中が大きく変化する中では我々自身も学園も変わっていかねばなりません。同じポジションにいたいのなら全力で変えていく、つまり改革・挑戦して行くことは避けて通れません。

往復書簡を通じ思ったことは中尾元校長の改革です。よくぞ挑戦してくれた、あなたの示した方向は間違いありませんでしたよ、と伝えたいと思います。中尾元校長の改革が雲雀丘の穏やかな校風をこわし、ぎすぎすしたものになるという意見がありました。今私は今年の保護者アンケートを読んでいますが、高1男子の保護者から「学校の雰囲気が少しずつ進路重視に偏ってきている気がします。高偏差値の進路が増えるのはいいですが貴校を希望した当時ののんびりとした雰囲気が減ってきているのが少し残念です」との声があります。

多くの方のご意見ではありませんが、私はこのご指摘は心しておくべきだと思います。雲雀の良さは穏やかで、家族的で子供たちは素直で伸び伸びと楽しい学園生活を送っているというのが伝統でした。これは守り受け継いで行かねばなりません。学園長方針でも強調しているのは「人間力」であり、これこそがこれからの時代を生きていくにあたって最大の武器になると謳っています。

「人間力」と「偏差値」という単純な図式にはなりませんが私は何も対立する概念ではなく「人間力」が育っていくなら「偏差値」も上昇するのだととらえたいと思います。ここが学園の知恵の出しどころ、腕の見せどころです。両方は無理ではなく二兎を追うのです。

(2019.9.19)

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2019年09月13日

往復書簡⑬「皆の協力で勝ち得た改革」大森先生から

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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常務理事、お手紙ありがとうございました。物事を変えていくこと、つまり改革は大変な作業なんですね。確かに過去の延長線上で考えてもそれは改革にはならない。ブレイクスルーしないと変わらない。それには変わるまであきらめない、言い続けるというしつこさが不可欠だということを佐治会長は態度で示されたのだと理解します。

それでは私が学園に来た頃の様子、どのようにして改革が進んでいったのかを書いてみたいと思います。少し長くなりますがお許しください。

<難関大を目指す選抜特進コースの設置と意識改革>
私が雲雀丘学園中学・高等学校に赴任した時は、中尾校長先生が学校を大きく変革してこられた第一段階の最終コーナーに入ったときではないかと思います。国際科をなくして、代わりに難関大学を目指す選抜特進コースを設け、その高校入学生が高校3年生になった年に着任しました。私が授業を担当したのは、選抜特進ではなく、特進コースの生徒達で、国公立を目指す生徒はほんのわずかで、ほとんどが私立大学を目指し、生物の試験は覚えれば済むものと思っていたようです。指定校推薦を得るには定期考査で高得点を取り評定を高くすればよいとの考えで、生徒の質問は授業内容ではなく、「試験はどの問題集のどこから出しますか?」というものでした。高校3年ですから基礎を使っての応用問題を50点分出題すると、「今までなら1日前に勉強したら十分8割は取れたのに、このような試験だと問題集を勉強する意味がない」と、生徒が怒ってくるような状況でした。選抜特進コースの生徒の模試の成績も厳しいものでした。しかし、塾をはじめ、周囲の学校も選抜特進コースの生徒が初めて卒業するので、大学受験成績がどうなるか興味津々で見ています。うまくいけば好循環のスパイラルに入りますが、悪いと期待感で受験してもらっていた状況が一変し、雲雀丘学園は低迷してしまう大変な時期でした。模試の結果を整理するのですが、多くの生徒が偏差値50を割り、さらに志望校の判定はEのオンパレードで、気が滅入りそうだった記憶があります。
 一方、教員の意識も「難関大学の受験指導はできない」、「学校行事よりも勉強を重視する自己中な生徒しか超難関大学に合格しない」、「幼稚園、小学校を併設している中学・高等学校は難関大学を多数合格するような学校にはなれないのが常識だ」などの考えもありました。一部の生徒や先生だったかもわかりませんが、意識改革も必要でした。生徒たちの性格は非常に良く、先生方もまじめな方ばかりだったので、教師は授業内容の改善を生徒は真摯に日々の授業を大切にしていけば必ず成績が上がる。本校が選抜特進コースをつくって成功し始めたと認めてもらうためには、国公立大学の合格者数を増やすこと、そして、国公立大医学科や東京大学の合格者が出れば、自ずと学内の意識改革もできるので、

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             クリックで拡大します
まずは自分の授業で生徒に真剣に学ぶ姿勢を教えていくことから始めようと考えました。そして、模試のデータをもとにまずは、今後5年間の国公立大学合格者数の目標を設定し、学校長に提出しました。右図がそのときに作成した目論見表です。

<カリキュラムの改革>
 着任して2か月がたったある日、中尾校長先生から、学校の中心となる先生方の集まる会議で、この学校に来て気になることを正直に話すように言われました。そこで、「進学成績を上げたいといわれているが、何を目指しておられますか?と先生方に伺うと『東大や京大、医学科を出す』と言われる方や、『関関同立100以上』とか、『すべての生徒を指定校も使ってどこかの大学に入れる』など、皆さん目指しているところが違うが、本当はどれなのですか」と尋ねました。帰ってきた答えは、東大、京大、阪大、神大や難関私立大を目指すだったのですが、“関関同立”はすべて付属中学や高校を設置したので、雲雀丘で学んで、成績上位の生徒しか“関関同立”に合格しないのならば、将来雲雀丘学園は危うくなるのは、火を見るよりも明らかでした。
また、学校案内には『難関大学合格を目指す効果的なカリキュラム』と書かれていましたが、文系の生徒のカリキュラムでは東京大学の二次試験の地歴で2科目に対応できておらず、理系の生徒では京都大学の工学部のセンター試験の社会科の科目に対応していなかったのです。塾に行かなくても東大、京大に対応できるカリキュラムに変える必要がありました。
 そして、国公立大学の合格者数を増やすことが学校の指導力向上のバロメーターでもあるので、センター試験で5教科7科目を受験する生徒をふやすこと、しっかりしたセンター試験対策とその後の後期試験直前まで二次対策講義を行うことが重要でしたので、その時間割を学年の先生と一緒に作りました。学年主任を筆頭に、学年の先生方が骨身を惜しまずに講習や丁寧な進路指導をしていただいた結果、従来の国公立の合格者数を倍増させることができました。これが、大きな転機となり、各学年が前年を超えようと生徒も先生も努力されたのです。でも、宿題を一杯出して、勉強で追い立てるようなことをしたかというと、そうではありません。各授業の内容を吟味し、教員自身がセンター試験を良く分析し、生徒の興味関心を引き出しながら、互いに学びに真摯に向き合う雰囲気ができたこと、学ぶ教科・科目を減らすのではなく、5教科7科目すべてを投げ出さないで学ぶように先生方が生徒を励まし、生徒も先生の熱意にこたえようとした相乗効果で伸びたのです。
 改革は、まず、難関国公立大学を目指す選抜特進コースを作ったこと。そして、次に東京大学や京都大学に学校の授業を受けるだけで対応できるカリキュラムに変えたことが挙げられます。

<全員センター試験受験>
 次に行ったのは、私立大学を受験する生徒も、私立大学の指定校推薦で12月には合格した生徒も、全員センター試験を受験するようにしたことです。これには、生徒や保護者、そして教員の中でも反対という方がいて、「すでに指定校推薦や公募制推薦で合格している生徒に、受けさせるのは意味がない」とか「財産権の侵害だ」などと言われました。しかし、大学は学びに行くところであり、高等学校の基礎学力の上に大学の学びが加わるのであり、また、推薦で入学する大学では、同級生の多くがセンター試験や二次試験を受験し、合格レベルに達した生徒であり、彼らと肩を並べて学んでいくわけです。したがって、当然、推薦で合格した生徒であっても、センター試験でそのレベルぐらいには達しないと、大学で留年し、ドロップアウトしかねないので、無意味なことはないはずです。無意味という人たちは、センター試験を大学に合格するだけの手段と考えているからです。大学という最高学府に学びに行こうとする生徒に当然身につけさせておきたい学力をみる試験であり、推薦で合格したらそれで基礎的な学びを終えるのではなく、少なくとも1月中旬までは大学で学ぶに足る学力を身に着けるべく勉強しておいてほしい、学びからの逃避をさせないでおきたいと考えました。さらに、推薦で合格した生徒も全員センター試験を受験させると私立大学の入試担当者に伝えると、大変喜ばれ、指定校推薦枠も増えたのです。
 そこで、指定校推薦した生徒には、合格してもセンター試験を必ず受験するようにと念を押し、万一体調不良になっても追試受験手続をとるようにと伝えたのですが、一部のクラスでは、数名ずつが受験していませんでした。翌日、自己採点の時に受験の有無を調べ、後日、指定校推薦をした生徒でセンター試験未受験の生徒を、保護者、担任同伴で呼び、学校長のおられる前で厳しく注意し、約束を守れないのだから辞退届を出すとまで言いました。生徒 と保護者だけでなく担任も驚いたと思います。「もうそのような勉強はしていない。一般入試受験など全く無理です」との返事からもわかりました。指定校推薦のための定期考査の勉強が終わった後は、ほとんど勉強していないのです。結果的には、学校長から今後4年間大学でしっかり学ぶようにと注意を受けて、辞退届は出さないことにしましたが、翌年からは全員センター試験受験が定着しました。今思い出しても、もっとも大変だったのは
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             クリックで拡大します
、全員センター試験を受験させると決め、それを実施したことでした。これも、中尾校長先生の後押しがあればこそ実現できたことで、こうして国公立大学の合格者数が増加し、三桁を狙えるようになっていったのです。それと並行して、“関関同立”など難関私立大学の現役合格者数も増加していきました。
 指定校推薦の生徒で、センター試験受験を大反対しながらも受験した生徒のうちの一人が4年後学校に来て、「先生、あの時は大反対したが、センター試験を受けていてよかったと思います。公務員試験はセンター試験レベルなので役立ちました。ぜひ後輩たちに、そのことを伝えてください」と言ってくれたのです。大学に合格さえすればよいというのではなく、大学で学び続け、社会に出てもしっかりした社会人になるべくその土台となる心構えや脳力をつけてあげるのが、真の進学校の教員の仕事だとの信念は間違っていなかったと思えた瞬間でした。

(2019.9.13)

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