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「せめて会釈ぐらいはしなさい」

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

20170609.jpg「勝に不思議の勝あり、負けに不思議の負けなし」 この言葉はプロ野球往年の名捕手・名監督野村克也氏のものかと思っていましたが実は肥前平戸藩第九代藩主の松浦静山氏であることを知りました。勝った理由はみつけられない時もありますが「負け」には必ず理由、原因がある、負けた原因をしっかり分析して次は勝とう、というものです。

しかし私は「勝ち」にも根拠があると思っています。前回のブログで小学校の今年の志願者が大きく伸びたことを書きました。私はすぐ小学校になぜ志願者が増えたかを分析するようお願いしました。下記はある塾が保護者にヒアリングをされまとめられたものです。

これによると学園小学校を選択された1番の理由は、「保護者の学校訪問時、先生方の挨拶がとてもよかった」です。以下、「やってみなはれ塾ができた」「児童の学力が高いレベル」「プログラミングの先進的な取り組み」が続きます。

確かに学園小学校の先生方はどなたにも丁寧に相手をされます。これが保護者に安心や信頼を届け、ここなら生徒を預けて大丈夫と思われるのではと思います。学園全体の穏やかな校風にもつながるものでしょう。それにしても制度や設備ではなく、挨拶や感じなどソフトの部分で選んでいただくことに、改めて今後の学校経営や学校教育の在り方を考えねばと思っています。

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雨の日、事務局から正門を
さて朝の登校時のことです。専用通路を通って多くの児童生徒が次々と登校してきます。通路に沿って、校長をはじめ担当の先生方が「おはよう」と声をかけていきます。時には児童会の係りの子供達も加わります。元気な挨拶の声がすべての生徒や児童に途切れなくかかるのですが、そんな中、稀ですがまるで関心のないように無口で通り過ぎる生徒がいます。面白くない日もあるでしょう、考え事もあるでしょう。疲れているかもしれません。また恥ずかしいかもしれません。

挨拶がどうのはもういいません。しかし挨拶にその人の人間力や社会力が凝縮、表現されることは間違いありません。どうしても挨拶ができないならせめて目を合わせ会釈ぐらいしなさい。生きるにあたっての最低限の生活習慣は雲雀丘学園で身につけてほしいと願っています。
(2018.9.14)