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往復書簡⑦「運を味方に」大森先生への返信

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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大森先生へ
お手紙ありがとうございました。人間大森としての原点がここにあるのだということがよくわかりました。今生きていること自体が偶然の結果であり、進化をし今日ある生物学上の人間も数々の偶然のたまものように思います。こちらは大森先生の専門ですね。

「生かされた」という言葉を聞いたとき、すぐに頭に浮かんだのは2011年の春のセンバツです。東日本大震災が発生した直後の大会であり開催が危ぶまれていました。開会式の宣誓に立った岡山創志館高校のキャプテンは「今生かされている命に感謝して全身全霊で戦う」と宣言しました。私はこの宣誓を聞けただけでもこの大会を開催した価値があるとこのブログでも書いた記憶があります。「生かされている」・・・、この言葉を実感できる人は心が満たされていくのではないでしょうか。今もあの宣誓のシーンを思い出しますが、恥ずかしながら思い出すたび涙が出てくるのです。

「手のひらに太陽を」という歌が大ヒットしたことがあります。「僕らはみんな生きている」という歌詞がありますが、こちらは「生きている」とポジティブです。これでなくてはとも思いますが、その人の人生経験によって受け止め方も全く異なるのだとつくづく思います。
「生かされて生きている」「生きて生かされている」。なんだか禅問答のようになりました。

サントリーに入社した経緯をおたずねでした。全くの偶然です。私は応援団にいましたが、体育会の幹事長が友人で、彼がサントリー希望で願書をもらっていました。ところがゼミ旅行と重なり、使わなくなった願書で私が応募したということです。私はというと近畿日本鉄道と日立製作所に応募し合格しました。近鉄は学生時代、休みになると近鉄百貨店の外商部でアルバイトし近鉄の方と親しくなっていました。日立は応援団の先輩が多くいて誘っていただきました。普通ならこのどちらかだったと思います。しかし一番関係の薄いサントリーに入社してしまったのです。「人生下駄を履くまでわからない」と言いますが全くその通りだと思います。

ついでに企業での、俗にいう出世について申し上げますとこれはもう運の塊のようなものです。サラリーマンの酒場談義で部長以上の昇進は運と言いますが私も同感です。役員ももちろんそうです。社長、とりわけサラリーマン社長はめぐり合わせでなる場合が多いのではないでしょうか。私自身、サントリーで役員になり、そして現在雲雀丘学園で常務理事をさせていただけるのは運以外の何物でもないと思っています。

ところで人生は運だと言ってしまうともう何もしないのかということになります。そんなことはないのです。運を味方にするのです。巨人V9時の監督川上哲治氏は(古い!)「運も実力のうち」と言いました。運を招くすべはいろいろあり、味方にできると思っています。

好き勝手なことを申し上げました。さて大森先生の人生での原点はお聞きしました。やはり読者が知りたいのは先生としての原点、先生は進路指導の道に進まれ、卓越した指導力を発揮されたのですがそのきっかけは何だったのでしょうか。

(2019.8.23)

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