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往復書簡⑫「何とかすることで革新ができる」

~雲雀丘学園常務理事・学園長 岡村美孝~

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大森先生へ
「生徒の心に火をつける」で真っ先に思うのは学園中高初代校長の板倉操平先生です。先生は「生徒はだれしも心にいっぱいの燃え盛るエネルギーを秘めている。それに火をともすのが先生の使命だ」と叫ばれました。私もその通りだと思います。子供たちは十人十色、誰もまねのできない個性を持っておりそれを引き出すのが先生の役割だと思います。雲雀丘学園はみんな違ってみんないい、そんな学園でありたいと思います。

さてご質問の私事ですが、40年余りサントリーに在籍しましたのでいろいろなことを学ばせていただきました。今日あるのは本当にサントリーのおかげです。思い出すのは楽しい時より苦しかった時の方が多いです。しかし今はそれも懐かしい思い出であり現在の私を作っていると思います。みんなサントリーのおかげです。

さて、今でこそプレミアムモルツはよく売れるようになりましたが私が広域営業本部長になった2005年はまだまだこれからという頃でした。広域営業本部というのは家庭用マーケットの統括です。スーパーやコンビニ、その他ディスカウントストアなどの量販店を担当します。佐治会長(当時は社長)の強烈なリーダーシップのもとビールではプレミアムモルツに集中して営業活動を展開していました。

役員会議では佐治会長が次々と営業幹部に鋭く質問されます。私はコンビニ業態を担当していましたがこの業態が一番苦戦していました。飲食業態やスーパー、量販店は売り上げがどんどん伸びているのにコンビニはなかなか成果が出てきません。私は毎回の役員会議で社長から連続砲火を浴び、針のむしろに座っているようでした。コンビニというのは店頭での営業活動が極めて難しい業態なのです。まず定価販売のみ、店頭での販売促進は認められない、個々の商品の週販(1週間に売れる本数)によってのみプレースメントが決まるなど、これから伸ばそうとする商品にとっては極めて難しいのがコンビニ業態でした。

しかし佐治会長にはこんな理由が通じるわけはありません。そんなことは会長ご自身が百も承知、それでもなお毎月毎月、しつこくしつこく成績不振をついてこられました。「そこを何とかするのが責任者の仕事やろ!」。

今、コンビニの店頭では当たり前のようにメーカー各社の販促活動はどんどん行われています。これはあの時の「何とかしろ!」でコンビニエンス業態の店頭のルールを一つずつ突破し厚い壁を乗り越えていった成果だと思います。それは缶ビールの缶の上に小さなおつまみをつけることから始まったのです。

しつこさは言葉を換えれば執念。プレミアムモルツの味は絶対だと早くから確信しておられたのが佐治会長でした。長い間売れませんでしたがその時も何としても自分が成功させる,させねばという宿命を感じておられました。自分よりも「親父」、学園の2代目理事長佐治敬三の夢の実現でした。

「こうと決めたら何としてもやり通すのだ」「無理を通すことで革新ができる」ことを教えて頂いた気がします。

大森先生には最後に、学園に来られてどのようにして改革に関わられたかをお聞きしたいと思います。ただ改革を進めるにあたってはいろいろな立場や考えがあって、みんながよくしようと思っている中で一つの方向を選択せねばならない。それを後で振り返り論評することは難しく、自ら進んで書きたくはないと思います。
しかし中尾校長が来られて影浦校長が引き継がれた改革に大森先生が一定の役割を果たされたのは事実、それを書き記しておくことはこれからも学園改革が続く雲雀丘学園にとって必要なことだと思います。

(2019.9.11)

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